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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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  • 代表・役員
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外交・安保
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2006年3月01日

実現遠い東アジア共同体

 2年ほど前から、日本で「東アジア共同体」がブームになっている。日本では何ごともムード先行で、キーワードだけがひとり歩きし、メディアが騒ぎ立てる。

 筆者の先輩・谷口誠氏(現・岩手県立大学学長、元・国連大使)の著書『東アジア共同体』(岩波新書)が洛陽の紙価を高め、あまたの類書が本屋の書棚を埋めた。どれもこれも、明日にも実現しそうに書いてある。

 中曽根康弘元首相を会長に、政財界、言論界のお歴々が集まって、「東アジア共同体評議会」なる団体も東京で発足した。そこでも、明日にも実現しそうな議論が主流を占めた。

 「東アジア共同体」という言葉には夢がある。まして小泉首相の靖国参拝で、中国、韓国との関係が悪化している折から、日中韓の国民がひとつの共同体の構成員として理念と利害を共有し合える間柄になれれば万々歳である。言葉が夢と希望をはぐくんでくれる。

 2005年12月には、マレーシアのクアラルンプールで「東アジア・サミット」が開催され、将来の共同体のあるべき姿を討議した。中国は、ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国に日中韓の3カ国が加わった形の統一市場を目論んでいるのに対し、日本は、さらにインド、オーストラリア、ニュージーランドを含め、より広範で、ゆるやかな連合体を目指していることが明らかになった。

 いずれも域内の2国間、多国間のFTA(自由貿易連合)を土台に、経済的な結びつきを強め、
現存するASEANを東アジア地域全体に拡大しようというものだが、はたしてEU(欧州連合)に匹敵するような地域統合が実現するだろうか。

 筆者の答えはNOだ。少なくともあと10年、あるいはそれ以上、実現不可能であろう。

 12月14日の「東アジア・サミット宣言」には、「共同体は、グローバルな規範と普遍的に認識された価値の強化に努める」という一項が明記されている。ところが、その直前の12日、中国主導でまとめられた「ASEAN+日中韓」の首脳宣言には、それがない。

 「グローバルな規範と普遍的に認識された価値」とは何か。「自由、人権、民主主義、法の支配」を意味する。ブッシュ米大統領があらゆる機会に喧伝し、イラク侵攻、フセイン政権打倒の大義名分にしたキーワードだ。中国や一部のASEAN諸国が「西欧的価値観の押しつけ」として反発している言葉だ。EU創設と発展の共通基盤である。しかし東アジアの共通基盤にはなっていない。

 地域統合を目指す以上、共通の価値観がないと、利害得失だけで結びついている共同市場にとどまり、共同体(Community)とはならない。域内最大の構成国・中国はそれでよい、というよりも「それ以上のもの」を望まないであろう。とすれば、それは「共同体」ではない。

 「共同体」とは、ヒト、モノ、カネの自由な流れを保証する経済のボーダーレス化に加えて、構成国が主権を移譲し、共有し合い、政治・外交・安全保障・文化のあらゆる領域で域内諸国が単一性、統一性を強めることを意味する。EUは、EC(欧州共同体)を経て、国家連合ないし連邦国家をめざすプロセスで、しばし足踏みをしているというのが実情である。「共同体」はすでに出来上がり、存在しているのだ。

 他方、東アジアはECの前段階のEEC(欧州経済共同体)のはるか手前にある。「東アジア共同体」の形成を阻む要因は次の通りである。

 (1)域内の中核をなす日本と中国が覇権争いを演じ、EUの推進力となった仏独関係のような蜜月状態にはなっていない。

 (2)日本は過去の侵略・植民地支配の清算を終えていないとみなされており、歴史認識をめぐって、とくに中韓両国は対日不信感を拭い切れないでいる。小泉首相の靖国参拝がこれを蒸し返した。

 (3)他方、中国は共産党一党独裁体制であり、経済はともかく、政治の民主化が遅れている。台湾独立問題で中台間に緊張が存在する。

 (4)この地域に密接な利害関係を有する米国の影響力排除が困難である。米国と同盟関係にある日本、韓国、オーストラリア、米国の影響力排除を狙う中国、マレーシアなど一部ASEAN諸国との対立が深刻である。

 (5)EUと異なり、経済の発展段階が異なり、貧富の格差が大きい。先進国(地域)の日本、シンガポール、台湾、韓国、オーストラリアに対し、他のほとんどすべての域内諸国は後進地域あるいは最貧国に属する。GDP(国内総生産)をひとりあたりで比較すると、最高の日本が3万6000ドル、最低のミャンマーが180ドル、その格差は200対1。ラオス、カンボジア、ヴエトナムも最貧国に張りついている。デコボコが大きすぎる。

 (6)そして何よりも、民族、宗教、文化に共通の基盤がない。EUの場合は、アーリア民族、キリスト教、ギリシア=ローマ文化が共通項になっているが、東アジアはまさにモザイクだ。

 まだまだ数え上げて行ったら、きりがない。やはり最大の障害は日中両国の同床異夢であろう。21世紀後半には、中国、インドの人口だけで40億近くになり、東アジアだけで地球上の全人類の半分を占める。そこに「共同体」が出現すれば素晴らしいが、はやり「夢の夢」ではなかろうか。

 日本国内にも多くの障害が存在する。とうてい「共同体」の構成員として東アジアの民衆と共生するのに相応しいとはいえないものばかりだ。以下、列挙してみよう。

 (1)日本人には、いまだに「脱亜入欧」志向が強く欧米諸国に憧れ、アジアの諸民族を蔑視、排除する傾向がある。

 (2)国内には60万の「在日コリアン」が定住しているが、彼らに対する偏見と差別は根強く、結婚・就職・職業集団で、「目に見えない垣根」を作り上げている。

 (3)「共同体」はヒトの往来と居住の自由化を意味する。日本の平均家庭が、貧しい中国人やフィリピン人を隣人として迎え、学校や職場に溢れるのを受容できるとは思われない。

 日本人が「共生」を認めるのは、相手が完全に同化し、日本化した場合である。アイヌ、琉球の原住民、植民地時代の朝鮮人に対し、実証ずみである。日本国民がこれらの障害を克服するには、あともう一世代の脱皮が不可避であろう。

 もちろん、これには反論もある。アジアの諸民族は脱イデオロギー、実利優先、融通無碍。欧米人のように理詰めに、杓子定規には考えない。FTAを積み重ね、さらにEPA(経済連携協定)を結んで、市場開放、投資の自由化を進めているうちに、いつの間にか、「事実上の共同体」ができあがっているという構図だ。ASEANはその方向に動いている。

 それにしても、日本と中国は東アジアの"双頭のワシ"である。お互いにソッポを向いている限り、「共同体」結成のゴールは見えてこない。

【大阪経済法科大学アジア研究所刊 『東アジア研究』2006年3月号】

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