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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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  • ニューズレター

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外交・安保
TOP > 外交・安保 > クロマグロ取引禁止案否決で示された中国の影響力――「ドーハの悲劇」回避の背景

2010年4月03日

クロマグロ取引禁止案否決で示された中国の影響力――「ドーハの悲劇」回避の背景

 

舌がとろけるようなマグロのトロは日本人の大好物だ。そのトロがもう食えなくなるのではないかという不安はまず去った。トロを一番多く含むクロマグロの国際取引禁止を訴えたモナコ提案が否決されたからだ。

 

特定の動植物が絶滅に瀕していると認定されてワシントン条約付属議定書?に記載されると一切の取引が禁止され、保護の対象となる。カバ、パンダ、シーラカンスなどが記載されているが、モナコはクロマグロを議定書?に記載して、一気に取引禁止の対象にしようとした。結果は賛成20、反対68、棄権30の大差の否決だった。「いくらなんでもいきなり議定書?への記載は乱暴」という常識の勝利だった。

 

事前の票読みでは、27カ国からなるEU(欧州連合)、米国がモナコ案を支持、反対を表明していたのは日本のほか、韓国、中国、オーストラリアだけで、否決に必要な3分の1、およそ50カ国確保は絶望的と見られていた。

 

ワシントン条約締結国会議開催地が中東カタールの首都ドーハだったところから、「ドーハの悲劇」再来を予測するメディアもあった。1993年ドーハで開催されたサッカーワールドカップ・アジア地区最終予選で、日本チームが土壇場で対戦相手のイラクに同点ゴールされて引き分けに終わり、初出場の機会を逸した過去になぞらえて、そう呼んだのだった。「ドーハの悲劇はゴメンだ」と赤松農水大臣以下関係者はモナコ提案支持派の切り崩し工作に必死だったが、実は杞憂だったのだ。

 

フタを開けてみたらモナコ案は途上国・新興国が大挙して反対にまわり、大差で否決されたからだ。日本政府は、(1)事前の根回しの奏功、(2)開会冒頭に表決に持ち込んだ作戦の勝利などと説明しているが、情報収集と分析も甘かった。新聞社・テレビ局も記者を現地に送りながら日本代表団の票読みに頼るばかりで独自取材をせず、もっぱら「ドーハの悲劇」再来を予測していた。お粗末この上ない。

 

表決後にわかったことは、実は中国がモナコ案切り崩しに成功していたのだ。中国は、トラの国内取引禁止を求めたEU案を葬り去るために、大票田のアフリカ諸国に働きかけ、余勢を駆ってモナコ案否決に持ち込んだのだ。中国にもシーフードブームが押し寄せ、マグロのトロを好む富裕層が増えているからだ。フカヒレの原料となるサメの禁輸を警戒したともいわれれている。

 

日本政府は、中国の影響力増大を認めたくないので結果として過小評価しているが、日本の働きかけがなくても「ドーハの悲劇」は起こらなかったろう。会議筋は「影の主役は中国だった」と認めている。中国の影響力は侮るべからざるものがある。

 

昨年暮、コペンハーゲンのCOP15(気象変動枠組み条約締結国会議)で拘束力ある合意ができなかったのも中国の反対が大きかった。2005年の国連総会で日本の安保理常任理入りが実現しなかったのも中国の阻止工作が功を奏したためだ。当時、小泉首相の靖国神社参拝が日中間のトゲになっていた。いまや中国を敵に回したら何も決められないというのが“世界の常識”になっている。日中提携と協力の必要がいっそう高まったというのが、今回の「ドーハの教訓」である。

 

かといって、資源の乱獲が許されるということではない。今回の投票でEUの結束が乱れ、モナコ提案と同じく否決に追い込まれたとはいえ、来年5月まで決定先送りを求めた修正案をEUが提出したのは、スペイン、フランスなお地中海沿岸諸国の漁民がクロマグロの稚魚を囲い込み、いけすで“畜養”してトロ(脂肪分)の多い成魚に仕立てて日本向けに輸出して利ザヤを稼いでいるという事情がある。世界のクロマグロの8割が日本国民の胃袋に消えているという現実は変わらない。透明性あるマグロ資源管理の必要性はいっそう高まっている。

 

もうひとつ、日本国民が無関心でいられないのは捕鯨禁止の動きだ。

 

現在、商業捕鯨は完全に禁止されているが、日本はIWC(国際捕鯨委員会)公認の“調査捕鯨”を南太平洋で続けており、これに対して環境保護団体「シーシェパード」が捕鯨船に体当たりで阻止行動を試みている。ニュージーランド人の元船長が日本の捕鯨船に乗り込み、わざわざ逮捕されて日本国内で裁判を受けることで捕鯨反対の主張を開陳し、国際世論に訴える作戦のようだ。

 

“調査捕鯨”が認められているとはいえ、日本は年間1000頭ものクジラを捕る必要があるのだろうか。明らかに商業用であり、“調査”の域を逸脱していると見られても仕方ない。。

 

19世紀から20世紀初頭にかけては米国はじめ欧米諸国も捕鯨に従事、クジラを殺していただけに、にわかに自然環境保全を大義名分に捕鯨禁止を唱えるのも利己的だが、「捕鯨は伝統文化」とする日本の反論の根拠も弱い。日本人は現在クジラをほとんど食しておらず鯨肉は本来、日本の伝統的食文化ではない。

 

捕鯨イコール日本の伝統文化説は、水産庁と先細りの捕鯨業界が推定年間2億円の巨費を投じてメディアを買収して作り上げた神話だ。日本古来の文化にすり替えてナショナリズムを刺激したのだ。クロマグロもクジラも、メディアが築いた虚構である。「ドーハの悲劇」は起きなかったし、捕鯨は日本の伝統ではない。メディアに踊らされない独自の判断力を磨く必要がある。

【『世界日報』サンデー版(2010年4月4日付)サンデービューポイント

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