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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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外交・安保
TOP > 外交・安保 > 夢まぼろしと消えた「東アジア共同体」――日中尖閣諸島衝突の教訓

2010年10月23日

夢まぼろしと消えた「東アジア共同体」――日中尖閣諸島衝突の教訓

昨年7月、政権の座に就いた民主党の鳩山由紀夫首相は、日中主導の「東アジア共同体」構想を掲げてさっそうと登場、政界に新風を吹き込んだ。従来、対米追随と批判された米国偏重の日本外交にアジア重視による新しいバランス感覚を持ち込み、外交政策に新機軸を打ち出そうとしたもので、メディアの反響もおおむね好評だった。

 

しかし、9月はじめ、日本固有の領土と主張する尖閣諸島沖に中国の漁船が侵入、海上保安庁の巡視船に体当たりして拿捕され、日本側は船長を逮捕したものの、中国政府の強硬な対抗措置におそれおののき、処分保留ののまま船長を釈放、那覇地検は「日中関係に配慮しての政治判断」と発表した。

 

中国政府は、日中交流事業を相次いで中断、中国人観光客の予約もキャンセルさせ、さに希少金属レアアースの対日輸出も一時停止、日本経済ゆさぶりに出た。最後はに日本企業の中国駐在員4人を軍事機密漏えいの疑いで勾留、そのうちひとりの勾留期間は19日におよんだ。中国の理不尽な報復措置にたちまち音を上げたのは日本だ。菅内閣は否定しているが、那覇地検の判断は明らかに司法への政治介入で、日本外交の全面敗北だったことは疑いない。

 

日本社会はまがりなりにも法治主義が貫かれているが、中国は人治主義、三権分立が不完全だ。共産党一党独裁で、国家秩序維持のために強権発動は日常茶飯事、反体制運動抑圧のための武力行使もいとわない。日本人は改めてこの現実を知らされた。この衝突事件いらい、「東アジア共同体」構想を説くものは誰もいなくなった。

 

人口13億の経済力は市場として魅力はあるが、そのような法秩序無視の“大国”相手に「共同体」などを形成するのはどだい無理ではないか。「共同体」など、“法の支配の確立と民主主義の成熟なくしては実現しえない。最低あと10年はかかるだろう。

 

そもそも「東アジア共同体」など、まぼろしにすぎない。

阻害要因は少なくない。第一に、域内の格差が大きすぎる。EU(欧州共同体)の域内格差はせいぜい10対1だが、東アジアではそれが200対1以上になる。ミャンマーの1人当たりのGDP(国内総生産)は180ドルなのに対し、日本のそれは4万ドル以上。ひとつの「共同体」を形成すれば、各国民の域内の移動は自由になる。(そうならなければ「共同体」とは呼べない。)

 

第二に、アジアの場合、ヨーロッパと異なり、域内の人種、宗教、民族、言語の違いがありすぎる。アジアには全人類の60パーセントが居住し、世界の4大宗教(イスラム、キリスト、ヒンズー、仏教)の信徒のすべてが混在、テロと殺戮をくり返している。宗教、民族、言語の違いをめぐるテロ、暴動もあとを絶たない。

 

東アジアには、サミュエル・ハンティントンが指摘した「文明の衝突」の縮図がそっくりそのまま存在していることになる。

 

第三に、その結果、域内各国に文化、生活様式の同質性、共通性が欧州の場合のようになく、したがって連帯感、連帯意識も希薄なことだ。そもそも東アジアには同一地域の住民としての帰属意識がない。「東アジア人」という概念が存在しない。その点が地域的同質性と求心力の強いヨーロッパ

と大いに異なる点だ。

以下、個別論になるが、第四に、すでに述べたとおり、日中両国民の相互不信、ライバル意識が強すぎて、共同体構成員を形成するには不向きなことだ。主導権争いがすぐ表面化してまとまるものもまとまらなくなる。

 

第五に、超大国の米国が反対していることだ。米国は自国が参加する「東アジア共同体」なら参加する意向を表明しているが、米国は地理的に東アジアではない。域外諸国として参加するなら、すでにゆるやかな地域協力の場としてAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が存在する。

 

以上、結論として、「東アジア共同体」は夢まぼろしである。最初から夢まぼろしだったのだ。

しからば日本としてはアジア諸国とどう接したらいいのか。当面、FTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)を近隣諸国と重層的に結ぶことだ。FTAは貿易の自由化だけだが、EPAはヒトの往来とサービスの自由化も対象にしており、近年はEPAが地域協力の主流となっている。日本は、タイ、マレーシア、メキシコなど11カ国と協定を結んでいるが、韓国、、中国、ASEAN(東南アジア諸国連合)など周辺諸国に比べて立ち遅れており、孤立している。近隣諸国と網の目のようにFTA,EPAを結べば、「共同体」形成と同じ効果がある。

 

日本の立ち遅れの原因は国内の農業保護のために一次産品の自由化が遅れているためだが、貿易自由化は時代の流れであり、一時的に農家を国際競争力の嵐にさらすのはやむを得ない。農家の保護を日本の特殊事情として主張し続けるのは許されない。消費者にとっては、外国の安い農産品が入手できるメリットの方が大きい。

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