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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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  • 入会申込書
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  • ニューズレター

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主張・提言・コメント
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2011年6月07日

「脱原発」へのいばらの道

菅直人首相の新エネルギー政策

 菅直人首相は、5月末、北フランスの保養地ドービルで開かれたG8(主要国首脳会議)の席上、日本のエネルギー政策見直しを発表、従来の?化石燃料、?原子力のほかに、?自然(再生可能)エネルギー、?省エネを加え、この4本柱を日本の基幹エネルギー源とすると強調した。

脱原発とは明言していないが、原子力は現状程度にとどめたい方針のようだ。「省エネ」はエネルギー源ではないが、政府はこの夏の需要増に備えて電力不足を予想し、一律15%の節電を呼びかけている。

菅首相は、2020年代の早い時期に、現在3%の自然エネルギーのシェアを20%まで高める計画だ。

そうした中で東電福島第一原発は“時限爆弾”を抱えたまま、まだ収束していない。15メートルの津波に襲われた原子炉4基は燃料漏れを起こしてメルトダウン(炉心溶融)し、高温高熱の放射性核物質が高度に汚染されたセシウム137などを外部に垂れ流し続けている。

 国際的批判を浴びて、東電は外部への組織的放出はその後控えているが、総量10万トン以上の海水が4基の格納容器内部を目一杯に満たした状態になっている。この海水を最終的にどう処理するかだが、半減期数十年の放射性物資が大量に含まれている。

 

挫折した東電の「水棺」計画

 東電は炉の内部を水で満たす「水棺」を計画していたが、核燃料が内部で漏れ出しているのを知って断念、注水を続けて「安定化」に持ち込む目論見だ。海に投棄すれば拡散するから生態系に無害になるというものではない。どの程度薄まれば無害といえるかを事前に確定することはできない。

 溶けて流れ出した燃料棒の中の核物質は、いつまでも内部に留まっているわけではなく自然界に拡散する。25年前のチェルノブイリ原発は炉心溶融の結果、石棺にコンクリート詰めされた核燃料が現在も外部に漏れ出て大気を汚染し続けている。これが原発事故の恐ろしさだ。放射性物質の半減期はヨウ素のように半減期8日というのもあるが、プルトニウム239は何と2万2000年という気の遠くなるほどの長さだ。

 

スケジュール通りの実現むずかしい「安定化」に向けての工程表

東電が発表した安定化に向けての2段階の工程スケジュールによれば、今年一杯で収束する手筈になっているが、原子力専門家でこれを額面通りに信じる者はいない。今後、人類の健康に深刻な影響をもたらすほどでないまでも、福島原発から漏れ出る放射能は半永久的に地球を汚染し続ける。

日本の世論には反原発感情が高まり、脱原発を求める声が強まっている。しからば脱原発は実現できるだろうか。実は、そう簡単ではない。原発にさまざまなメリットがある上に産官学業(業界)の各界に、原子力推進に死活の利害を見出している人びとが東電の周辺にあまたいるからだ。いわゆる「原子力ムラ」である。

 日本の各地には54基の原発が稼働し、出力年間4800万キロワット、日本全国の電力需要の29パーセントをまかなってきた。震災前の計画では、あと14基、最終的には6800万キロワットの電力を提供する手筈になっていた。何しろ、地球温暖化防止の切り札として、原発は米国、フランス、ロシア今後も推進しようとしている基幹エネルギーだ。中でもフランスの電力の80%は原発に依存している。先進国で原発に頼らない政策をとってきたのは、北海油田の恩恵に浴しているノルウエー、自然エネルギー重視のデンマークなど、ごく一部にすぎない。とくに昨今は、中国、インドはじめ、新興諸国がこぞって技術ナショナリズム追求の延長上に原発を位置づけ、原発導入に力を入れている。その矢先に起きたのが東日本大震災だった。

 

「想定外」ではなかった大津波

 東日本大震災による高さ15メートルもの津波襲来は「想定外だった」という東電関係者の証言がメディア報道の大勢を占め、世論も納得しているが、厳密には「想定の範囲」だったのだ。チェルノブイリ事故の4年後の1990年、米NRC(原子力規制委員会)は大規模地震であらゆる電源が断たれ、ブラックアウトになる場合を想定して電源確保の必要性を強調、各国の原発関係者に警告していたにもかかわらず、東電はじめ日本の関係者はこの警告を無視していた事実がある。

原子力の長所は、第一に大規模発電、第二に安定供給が可能なこと、第三に経済性。化石燃料に比べて割安なこと(これには反原発グループからの反論もある。)そして、最も注目されてきたのが、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を排出しないことだった。

 しかし問題は、ひとたび事故が起きたら取り返しのつかない結果を招くこと。さらに現時点で高レベル放射性廃棄物の処理が未解決であることなど、課題は多い。

 

脱原発への道

 脱原発がスムースに実現し、日本経済の停滞を招かないなら筆者も賛成だが、行く手にはさまざまな困難が待ち受けている。太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーを現在の数十倍に増やさないと代替の基幹エネルギーとして役立たない。障害は経済性。現在1キロワットあたりの発電量は原子力の5倍から10倍で、当面採算が合わない。

 コストダウン実現のためには巨額の投資を要する。投資が実現しても現在の蓄電技術では実用化に時間を要する。送電ロスももっと少なくしなければならない。発電と送電の分離も不可欠だ。日本全国10電力会社の地域独占体制も抜本的に変革しなければならない。戦後体制の根本的改革が不可欠だ。それやこれやで脱原発には15年ないし20年を要する。ドイツは11年後の2022年まで絵に脱原発実現を決めたが、日本はもっと時間がかかるだろう。

 その間、私たちはきびしい省エネ生活に耐え、エネルギー源転換の過渡期を克服せねばならない。その覚悟が日本国民にあるだろうか。機を見るに敏な菅直人首相は中部電力の浜岡原発4号炉の稼働中止を求め、未完成の核燃料サイクル計画を白紙に戻して自然エネルギー重視を柱に据える方針を打ち出した。しかし後継政権が長期的に首尾一貫した政策を貫けるかどうか不透明だ。

 

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