2011年9月10日
福島原発事故は原爆製造能力の証明に非ず――日本は原子力平和利用の優等生
朝日新聞社が出資しているケーブルテレビ局「朝日ニュースター」に、愛川欽也司会の人気討論番組「愛川欽也パックインジャーナル」がある。筆者も毎週見ているが、彼は従来から脱原発が持論で、最近も「福島原発事故で、日本は原発だけでなく、原爆を造れる国の仲間入りをした」と得意気に持論を展開していた。出演していた他のパネリストも一同うなづき、異論を差し挟んでいなかったが、めちゃくちゃな暴論だ。
ゲンパツは世界の30カ国で435基が稼働しており、その中に米英ロ仏中の全核兵器保有国が含まれていることは事実だが、原発運転国がすべて核兵器を製造でき、保有しているわけではない。ゲンパツとゲンバクは言葉は似ていて、放射性物質のウランを原料としている点で共通するが、前者が核分裂を制御しながら、穏やかに分裂させているのに対し、後者が核分裂反応を加速させ、一気に連鎖反応を起こさせて兵器としての殺傷力を高めているのが特色で、この点が大違いだ。人類の歴史で原子力はまず兵器として登場した点で不幸なスタートを切ったが、平和利用こそ人類が生み出した英知だ。
ヒロシマ・ナガサキの惨禍を経験した日本は、1955年の制定いらい、「原子力基本法」で、民主・自主・公開の3原則にもとづく原子力平和利用を謳い、IAEA(国際原子力機関)にすべての核関連施設を申告して査察の対象におき、完全な透明性を貫いて平和利用に徹している。日本の原子力利用は平和目的に限らあれ、逆立ちしても原爆など造れないのだ。日本国民の大多数も日本の核武装には反対しており、核開発する意図は全くない。
現在、世界の核兵器保有国は右に掲げた5カ国のほかに、インド、パキスタンの2カ国があり、その他、イラン、北朝鮮も当事国は否定しているが、国際世論に逆らって核開発を試みていると見られている。
核開発・核保有を野放しにしないためには、1970年のNPT(核拡散防止条約)を締結し、歯止めをかけている。NPTに加盟すると、国内の核関連施設をすべてIAEAに申告し、同機関の査察を受けなければならない。IAEAの査察官は250人いて、全世界に存在する500基近い原子力発電所のほか、累計2000カ所に及ぶウラン鉱山、精錬施設、濃縮・再処理施設、実験・研究炉、燃料貯蔵所などの関連施設が軍事目的に転用されないよう監視している。IAEAが「核の番人」と呼ばれるゆえんである。
とはいえ、NPTの実効性には限界があり、100%の完璧は期しがたい。インド、パキスタンのように、当初からNPTには加盟せず、たとえ加盟しても査察の目をかいくぐって秘密開発に成功するケースも皆無ではないからだ。
米国がダブルスタンダードを採用し、秘密核開発を黙認するケースもある。イスラエルがその好例だ。
ある国が核開発に走る動機には、次の4つのケースがある。?国家安全保障のためと称して自衛措置としての核武装(米ロ)。?国家の威信と国威発揚のため(フランス)、?国民の熱狂的支持を得ての国策としての核武装(パキスタン)、?指導者の個人的野心から国際政治上のステータス・シンボルとしての核武装(北朝鮮)・・・・
従って、核拡散阻止のためには、核保有が得策でないことを指導者に知らしめるのが近道だが、残念ながら、「核の威力」は無視できず、国際関係で異彩を放ち、ステータス・シンボルになっていることは事実だ。
オバマ米大統領は2009年プラハ演説で、「核兵器のない世界」実現を唱え、米国が核廃絶の先頭に立つことを誓約したが、その後の進捗ははかばかしくない。しかし少しでもその目的に近づくには、原子力を平和目的にのみ利用し、軍事転用を一切考えない日本のような国が国際社会に存在し続けるlことに意義がある。
さいわい日本は原子力平和利用に徹している国としてIAEAに評価され、国内施設の査察もある程度の“手抜き”と“お目こぼし”が認められている。「日本には核開発の野心はない」というIAEAの絶大な信用があるからだ。だから冒頭に引用したような、無知と認識不足にもとづく愛川欽也氏のようなコメントは困るのだ。
NPTにはさまざまな欠陥がある。最大の欠陥は、非核保有国はIAEAの査察を義務づけられながら、核保有国にはその義務がないという片務性・不平等性だ。
NPTの側からすると、核兵器を保有してしまっている国に査察をかけても実質的な意味はなく、保有した核兵器を廃棄させることの方が重要ということになる。それがオバマ提案の真の狙いなのだが、前途遼遠だ。前途遼遠でも少しでも理想と目標に近づく努力はする必要がある。それが平和利用に徹することの意味でもある。
そもそもNPTとは、米ソにつづいて英仏中の3国が核実験し、核保有を宣言した結果、核兵器保有国がこれ以上増えないようにするために米ソが中心となって編み出した大国支配の核不拡散体制なのだ。
筆者も脱原発に反対はしないが、経済性、安定供給性など代替エネルギーによる需要充足のメドが立ち、十分時間をかけて国家百年の計が確立するのを見極めてから手順を踏んで実施すべきであろう。それには今後20−30年かかる。現状は、再生可能エネルギーに対する期待過剰と非現実的議論が横行している。