2006年8月13日
レバノンに恒久平和実現を!
イスラエル軍の空爆で無残にもガレキの山と化したレバノンの病院、学校、アパート群。わが子の遺体にとりすがって泣き叫ぶ母親、孤児になって廃墟をさまよう幼児。くりかえされる殺戮。こうしたテレビ映像に私たちは無感覚になっているのではなかろうか。
つい1ヵ月前に北朝鮮のミサイル発射に大騒ぎした日本のメディアはレバノンの悲劇を淡々と伝えるばかり。実際には空のロケット(「弾道弾」だけをミサイルという)の飛行実験にすぎなかったのに、「国際平和と安全に対する脅威」と断定して、国連安保理決議で北朝鮮に対する制裁までも主張したニューヨークの日本代表部もイスラエル軍の空爆にもヒズボラの反撃にもダンマリを決め込んでいる。
安保理は8月11日ようやくレバノン停戦決議案を全会一致で採択したが、これが完全に実施され、持続可能な平和が戻るまでには、なお紆余曲折と複雑なプロセスをたどるだろう。以下、その謎解きをしよう。
イスラエルがレバノンで展開している軍事作戦はヒズボラ退治である。ヒズボラとはアラビア語で「神の党」を意味し、イスラム教シーア派過激分子が1982年に結成した武装集団。イランで成功したイスラム教原理主義を教義とする宗教国家をレバノンに樹立することを目標にすえている。イランが資金と武器を援助しているといわれ、1983年にはベイルートの米国大使館に自爆テロを行い、63名を殺傷。さらに米海兵隊宿舎にも自爆テロを行い、米兵241名が犠牲になっている。これが自爆テロのはしりだ。イスラエル国防省襲撃なども敢行、米国とイスラエルはヒズボラをテロリスト集団と断定、「テロリストとはいっさい交渉しない」という立場を貫いている。
だからイスラエル軍は空爆を強化、地上部隊も投入してヒズボラを完全に武装解除し、組織殲滅を目指している。米国もこの方針を支持している。国連安保理の動きが鈍いのはそのためだ。停戦に持ち込むだけでは問題の解決にならないというのだ。
悩ましいのは、ヒズボラが単なる武装集団ではないことだ。政治部門と軍事部門に分かれ、政治部門はレバノン議会に議員を送り、連立内閣にも参加しているほか、国内の貧困層のために教育・福祉活動にも力を入れ、2002年現在、学校9校、病院3ヵ所、診療所13ヵ所を運営している。このため貧困層からの支持が厚く、ヒズボラ弾圧はレバノン社会の底辺の民衆を敵にまわすことになりかねない。
この点は、今年1月のパレスチナ自治政府評議会(議会)選挙で、合法的に議会の過半数を占め、政権の座についたハマス(イスラム抵抗運動)にも共通する。イランの支援を受けている点も共通だ。ハマスもイスラエル打倒をもくろむ武装勢力で、イスラエルはテロリストと断定しているが、やはり慈善事業をとおしてパレスチナ貧困層の支持がある。レバノンでもパレスチナでも、イスラエルの存在を否定し、自爆テロも辞さない武装勢力でありながら同時に貧困救済で民衆の支持を受け、議会に合法的に進出しているところに問題の根深さがある。
今回のイスラエルのレバノン爆撃は、ヒズボラが南部レバノンでイスラエル兵2人を拉致し、政治犯釈放を要求したのに始まるが、ヒズボラの挑発はガザ地区で弾圧されているハマスを応援する目的もあった。おかげでイスラエル軍は南北で両面作戦を余儀なくされたが、イスラエル軍のハイテク装備からすれば武力で制圧することも不可能ではなかろう。
しかし、それで問題は解決しない。両組織の背後にイランとシリアが控えているからだ。シリアは地続きだし、イランは核開発疑惑を振り回して米欧諸国を手玉にとっている中東第二の産油国だ。年収600億ドルの石油収入を誇り、これを第二、第三のハマス、ヒズボラ育成に投資するだろう。イラクも内戦状態。イランはここでも最大勢力のシーア派に影響力をもつ。
それだけにイスラエルが強硬姿勢をとり、米国が支援しているのも一理ある。ハマスもヒズボラもイスラエル抹殺を目的としている以上、両者との妥協は存在しないというのだ。イスラエルは2000年にレバノンから全面撤退した結果ヒズボラをかえって増長させ、イランの支援で軍備強化を招いたと見ている。パレスチナでも同じことが起きている。ガザからの撤退がハマスの自爆テロを激化させたという苦い教訓がある。
問題はイスラエルが軍事行動を止めないかぎり民間人の犠牲者が増え続けることだ。そのあとには怨念と埋めがたい不信感が残る。過去一カ月間にレバノン人死者は1000人を超え、パレスチナ人死者も200人以上に達している。イスラエル側の犠牲者もほぼ100人にのぼる。
国連は21世紀の人類の課題として、「人間の安全保障」を打ち出している。無辜の市民の命が奪われるのを拱手傍観していて、人間の安全保障もへったくりもないではないか。とにかく即時停戦することだ。ハマスとヒズボラも自爆テロを止めることだ。
先月半ばのサンクトペテルブルク・サミットに先立って小泉首相は中東を歴訪、日本・パレスチナ・ヨルダン定期協議開催で合意したが、いったいあの合意はどうなったのか。
【『世界日報』2006年8月13日付「サンデービューポイント」欄】