2006年1月31日
パグウォッシュ精神健在なり
「北東アジアの安定・安全保障・協力」をテーマに、厳寒の北京で開催されたパグウォッシュ会議(ワークショップ)に出席して来た。地元・中国を中心に、日本、韓国、北朝鮮、パキスタン、さらに米英、スウェーデン、イタリアから核物理学者、国際政治学者ら総勢70名が参加、サウナ、温水プールつきのホテルで3日間缶詰めになって白熱の議論をくり広げた。
パグウォッシュはカナダ・ノヴァスコシア州の小村の名。原住民イヌイットの言葉で入り江を意味する。1957年、バートランド・ラッセル卿とアルベルト・アインシュタイン博士の呼びかけで、人類を核戦争の危機から救うために科学者と国際問題の専門家がここで一堂に会し、警告と提言をまとめたのが発端、以来半世紀の歴史を誇る。1995年には同会議と会長の英物理学者ジョゼフ・ロートブラット博士にノーベル平和賞が授与された。
北京会議の討議は、当然ながら北朝鮮の核廃棄と朝鮮半島非核化をいかに実現するかに集中、参加者は昨年9月の第4回6者協議後の共同声明を歓迎、米朝双方に履行を求めながらも、北朝鮮提案の「言葉対言葉、行動対行動」の「同時行動の原則」を支持した。さらに「平和利用の権利」に固執する北朝鮮の主張を当然視し、「軽水炉の提供」もNPT(核不拡散条約)に復帰し、IAEA(国際原子力機関)の査察受け入れ開始と同時に実施すべきという点でほぼ意見が一致した。
さきごろ訪朝し、寧辺の核施設を視察したシグフリード・ヘッカー博士(スタンフォード大学教授)は「北朝鮮はプルトニウム生産を続けているが、ミサイル搭載可能な核弾頭は完成しておらず、対米交渉のカードとしていることに変わりない」と推測した。米ブルッキングズ研究所研究員・ニューヨークタイムズ編集委員などを歴任したレオン・シーガル博士は「1994年の米朝枠組み合意を破ったのは米側であり、米朝間の相互不信の原因は一方的にブッシュ政権の不誠実な態度にある」と切り捨てた。ロンドンで国際コンサルタントを営むピーター・カステンフェルト博士(スウェーデン)も「ブッシュ政権はいたずらに時間稼ぎをして北東アジアに緊張を創り出している。米朝国交正常化、経済制裁解除で朝鮮半島非核化はすぐにも実現する」と断言した。これが欧米の学者の"常識"である。会議の事務局長で、ミラノ大学の数学者コッタ・ラムシーノ教授は「これぞパグウォッシュ精神」と胸を張った。北朝鮮はもとより、中国、韓国の学者が同調したのはいうまでもない。
そこまではよかったが、2日目から雲行きが怪しくなった。中韓朝の参加者が次々に対日批判を繰り広げ、「北東アジア緊張の元凶は日本の右傾化・軍事大国化にあり、小泉首相の靖国参拝がこの動きに拍車をかけている」との大合唱になったのだ。それだけなら理解できなくもなく、私は「首相の靖国参拝には確かに問題があるが、中韓両国の反日政策が悪循環を創り出している。とくに日本の国連安保理常任理入り反対の反日デモや東シナ海におけるガス田採掘の動きなどは挑発的だ」と応酬した。
そこまではよかったが、次に彼らは日本の核燃サイクル批判を開始、「43トンものプルトニウム備蓄は長崎型原爆の5000発以上に相当し、日本の核武装が北東アジア最大の脅威だ」と異口同音に憂慮を表明した。
鈴木達治郎氏(電力中研上席研究員)は懇切丁寧に六ヶ所村の現状を説明して軍事転用の可能性がないことを強調、私もすべてIAEAの保障措置下にあり、透明性が確保されている。非核・反核は国民の総意であり、心配はない」と応じたが、彼らの懸念を払拭するまでには至らなかった。それもパグウォッシュ精神というのでは困る。
【『電気新聞』2006年1月31日付「時評」ウェーブ欄】