2005年12月01日
ノーベル平和賞受賞の秘訣教えます
エルバラダイ受賞はブッシュ批判への激励
2005年のノーベル平和賞はモハメッド・エルバラダイ事務局長とIAEA(国際原子力機関)が受賞した。「核不拡散体制維持にIAEAの役割が限りなく重要」というのが授賞理由だが、「役割が重要」だからというだけのノーベル賞授賞は権威失墜になりかねない。
ノーベル賞委員会は、特定の個人と団体に、これといった該当者が見当たらないと国連機関に平和賞を授与する傾向がある。2001年にはコフィ・アナン事務総長と国際連合が受賞した。同時多発テロに見舞われて常軌を逸し、単独行動主義をひた走るブッシュ米政権を牽制し、国連の復権を期待しての“激励賞”だった。
今回の授賞にも同じメッセージがこめられている。「核の番人」といわれるIAEAに、過去1,2年間、格別の実績はない。イラン、北朝鮮の核開発は混迷の度を深め、IAEAに出番はまわって来ない。エルバラダイ氏も格別の活躍をしたわけではない。同氏は2005年に事務局長として3選を果たした。米国は最後まで3選阻止に動いたが、日本の総選挙における小泉チルドレンのような適当な“刺客”が見つからず断念した。
エルバラダイ3選反対の理由は、同氏が2003年のイラク開戦直前の国連安保理公聴会で、「フセイン政権が核兵器を秘密開発し、隠匿している証拠はない」として、ブッシュ政権の侵攻に反対したからだ。これをノーベル賞委員会は高く評価した。
国連頭越しのイラク侵攻に反対した点では、IAEA事務局長の先輩ハンス・ブリクス(スウェーデン元外相)の方が強硬で、引退後UNMOVIC (国連監視検証査察委員会)委員長として、生物化学兵器・ミサイルなどの大量破壊兵器の不在を訴え、国連の活動継続を主張したが、IAEA在任中は米国のポチ(忠犬)で、気骨がなかった。隠居仕事のブリクスよりは現役のエルバラダイを激励したかったのだろう。
ノーベル平和賞を狙うには、超大国アメリカの横暴に立ちはだかって論陣を張るのがいい。
ヒロシマ・ナガサキ両市長と市民を候補に
エルバラダイとIAEAの平和賞受賞でチャンスを逸したのが、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)だ。発足いらい過去半世紀に被団協が実施してきた被爆者の実態調査、自立更生のための政府への働きかけ、世界に向けての反核の訴えなどはいずれも貴重な活動ではあるが、未来志向の建設的な提言、反核実現のための具体的な計画作りには、やや精彩を欠くところがあったように思われる。「NO MORE HIROSHIMA」を訴えるだけでは不十分だ。
反核運動を推進している団体としては、過去に「核戦争防止国際医師の会」(IPPNW)、「パグウォッシュ会議」などが平和賞を受賞しているが、いずれも未来を見据えての具体的な提言、グローバルな規模での実践運動が評価の対象となっている。反核以外では「地雷禁止国際キャンペーン」と代表のジョディー・ウイリアムズさん、それに国際人道援助団体「国境なき医師団」の最近の受賞が話題となったが、いずれも活動範囲がグローバル、しかも前者は「対人地雷全廃条約」という政府間条約締結に持ち込むという功績を挙げた。
というわけで、ノーベル平和賞受賞の秘訣は、超大国アメリカに立ちはだかるか、具体的な目標を掲げて世界的規模の活動を展開するか、のいずれかということになる。
筆者は、2020年までに「核兵器全廃条約」締結を目標に掲げて世界市長会議を共催、各地の市長とNGO(非政府組織)を巻き込み、国際世論盛り上げに努力している広島・長崎両市の市長を候補に推挙したい。「世界唯一の被爆都市ヒロシマ・ナガサキ両市の市長と市民にノーベル平和賞を!」というのはどうだろう。
IAEAは「核廃絶・核軍縮推進機関」に非ず
今回の平和賞受賞は、IAEAがあたかも核軍縮、核廃絶を目指し、エルバラダイ氏がその先頭に立っているがごとき誤解を日本国内に広めた。
たとえば、授賞を伝える2005年10月8日付の朝日新聞(朝刊)は、13版1面で「ノーベル平和賞IAEAとエルバラダイ氏に/核拡散防止に功績」という見出しの下に、あえて「核廃絶への期待込める」という4段見出しをつけている。他紙も同様で、誤解を増幅する見出しである。
本紙の読者には「釈迦に説法」であろうが、IAEA憲章は「原子力平和利用推進のための活動」を創設の目的として規定している。ルーツは1953年12月、国連総会におけるアイゼンハワー米大統領の「Atoms for Peace」(平和のための原子力)提案だ。米国は核独占の野望を捨て、原子炉輸出による原子力産業振興に政策転換、ウラン・プルトニウムの軍事転用を阻止するための国際機関としてIAEAを発足させた。
現地査察、非破壊検査、数量管理、無人カメラ設置などからなる「保障措置」(セーフガード)も米国人技術陣の考案で、発足当初のIAEAは米国の出先機関の様相を呈した。予算も大半が「保障措置」部門に費やされた。事務局の構成も、「保障措置」のほかは、原子力発電、同安全、途上国技術協力(放射線応用)、科学研究の各部門からなり、職員の大半が原子力産業と原子力関連政府機関からの出向者で占められている。
日本もご他聞にもれず、40名の職員の4分の3が文部科学省、経産省、原子力研究開発機構(旧原研・動燃)、関連企業からの出向者だ。ちなみに、IAEA職員を志すには政府の身分保証が不可欠で、反原発・反核運動関与の前歴があれば絶対採用されず、隠していてバレれば直ちに解雇される。
【『核・原子力・エネルギー問題ニューズ』2005年12月号】