2005年3月31日
エルバラダイ構想に協力しよう
「エルバラダイ構想」がひとり歩きしている。
IAEA(国際原子力機関)事務局長モハメッド・エルバラダイ氏が2003年秋以来、国連総会や世界の主要メディアを通して訴えているもので、今後5年間、濃縮・再処理施設の新規建設を凍結し、その間、既存の施設を「多国間管理」の下に転換しようというものだ。
「5年間凍結」は、5月2日からニューヨークで開催されるNPT(核不拡散条約)再検討会議に備えて同氏が最近付け加えたもので、透明性が保証される「多国間管理」がキーワードだ。
これは目新しいものではなく、第2次大戦直後、国連による核の一元管理を提唱したバルーク案以来、断続的に打ち出されており、90年代にはIPM(プルトニウム国際管理)構想が真剣に議論された。
エルバラダイ構想が脚光を浴びているのは、パキスタンのA.Q.カーン博士の「核の闇市場」の存在が暴露され、イラン、リビア、北朝鮮などが「闇市場」を利用して核開発を進めていた形跡があるためだ。
エルバラダイ氏と相前後して、ブッシュ米大統領は核物質の密輸摘発のためのPSI(拡散安全保障構想)を提唱し、昨年10月、日米英豪を中心に22カ国が参加して東京湾沖で2度目の合同演習が行われた。明らかに北朝鮮に対する牽制と威嚇である。
ブッシュ大統領はさらに、「すでに稼動中の、本格的規模の」濃縮・再処理工場を持たない国には、関連器材と技術の提供に応じないようNSG(原子力供給国グループ)40カ国に呼びかけた。
しかしNPT(核拡散防止条約)は、非核保有国に対し、核兵器その他の核爆発装置の開発・生産・取得を禁止すると同時に、原子力平和利用を「奪い得ない権利」として保証しており、このブッシュ提案は、核拡散阻止には協力しながらも平和利用を推進しようとしている発展途上国から強い反発を招いた。
こうした中で非核保有国の立場を汲んで包括的対策を打ち出したのがエルバラダイ構想で、高濃縮ウラン生産施設の低濃縮への転換、放射性廃棄物の国際処理場設置なども提案、詳細を検討するための専門家会合を招集した。廃棄物処理ではすでにロシアが賛意を表明、条件付ながら自国領土の提供を申し出ている。
専門家会合は4回の討議を経て去る2月報告書を発表し、既存の商業市場メカニズムの強化、国際核燃料バンク、さらに共同経営の原発センターの創設など、5段階にわたる「多国間管理」のための具体案を提示した。エルバラダイ構想は、原子力平和利用の権利を重視し、核燃料の供給を確保、これを信頼醸成措置の一環と位置づけている点に特徴がある。
これに対し、日本政府は六ヶ所村の核燃料サイクル施設がすでに稼動開始している点を強調、エルバラダイ構想の凍結対象からの除外を求め、同意を取り付けたものの構想自体に消極的反応を示している。実現すれば何らかの影響は免れないとの判断からとされている。
六ヶ所村の濃縮・再処理施設を死守したいという心情は理解できるが、そこには自己中心的な視野狭窄がありはしないか。高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故以来、日本の核燃料サイクル計画は頓挫、プルサーマル計画も進まず、英仏両国への委託分を含めるとプルトニウム備蓄は39トンにも達し、海外の日本核武装疑惑に要らぬ論拠を与えている。
核燃サイクル実施に際しては周辺諸国の信頼が不可欠であり、全プロセスの透明性が求められる。IAEA が透明性確保のイニシアチブをとろうとしている折から、日本としてはエルバラダイ構想実現に協力し、六ヶ所村を将来アジア太平洋地域の「原子力平和利用センターとして開放する用意あり」といった意思表示をするだけでも、長期的国益に沿うことになるのではあるまいか。
【2005年3月31日付『電気新聞』時評「ウェーブ」欄】