2008年10月11日
米印原子力協定発効を歓迎する/NPT至上主義を排す
現在人口11億のインドは、2030年までには中国を抜いて世界一の人口大国になると推定されている。そのインドに米国が原発技術、器材、核燃料などの輸出を認めようというのが米印原子力協定だが、これが大もめにもめて、このほどようやく発効した。インドがNPT(核不拡散条約)に加盟していないからだ。
NPTというのは、核保有国が増えるのを阻止する目的で、1968年に署名、70年に発効した国際条約で、発効25年後の1995年に無期限延長が決まった。インドはNPTに加盟せず、1974年、次いで98年に核実験して核保有を宣言。そんな国に原子炉や核燃料を提供しようというのだから、とんでもないという話になる。
だから米議会の民主党系の核不拡散論者は協定に反対したし、日本の平和・反核団体も一斉に反対を表明、日本政府に圧力をかけた。新聞各紙も社説でNPT体制を破綻に陥れるものとして反対した。
しかし、インドの立場からすると、NPTというのは米ロ英仏中の5カ国の核保有を容認、それ以外の国の核開発と取得を禁じた差別条約なのだ。インドにすれば、中印国境紛争で中国に大敗、中国の脅威を直接感じているだけに、最初から中国の核保有を特権として認めているNPTに加盟する気は毛頭なく、逆に抑止力としての独自の核戦力保持に踏み切った。インド政府首脳は、「もし日本が核保有国だったら広島・長崎の悲劇は起きなかっただろう」と、かつて私に断言した。
インドの核開発に対抗して、米国はじめ核保有国、さらに日本、ドイツ、カナダなどの先進国は、原発技術・器材・物資の輸出自粛を申し合わせ、NPT体制の強化策を打ち出した。それが1978年発足のNSG(原子力供給グループ)で、いかなる決定にも加盟45カ国の全会一致の賛成を要する。
そのNSGがインドを「例外扱い」するかどうかで大激論になり、2度にわたって結論を先送り、ことし9月の臨時総会でようやく承認の運びとなったわけだ。国内世論は反対でも、何ごとにも対米追随の日本政府は最初から強硬には反対せず、インドに対しNPT加盟を要求するなど非現実的な提案をして時間稼ぎをし、最後に賛成した。
筋を通して最後まで反対していたのは、アイルランド、オーストリア、ニュージーランドなどの中小国だったが、米国だけでなく、フランスとロシアもインドへの原子炉輸出に熱心で、最後には「例外扱い」を認めさせた。
NPTに加盟せずに独自に核保有した国が国際社会に認知され、技術協力が得られるということになれば、何のためのNPTかということになる。すでに核保有している北朝鮮、核開発を止めようとしないイランに対して、しめしがつかなくなるというのだ。しかし筆者はそうは思わない。理由は次のとおりだ。
(1)インドの核開発は中国の核保有を公認したNPTの差別性に抗議して進められたもので、ネール初代首相いらい核廃絶はインドの一貫した主張である。ブッシュ政権が離脱し、未発効のCTBT(包括的核実験禁止条約)もそもそもインドが国連で提案したものだ。
(2)その証拠に、インドは、カーン博士の「核の闇市場」で悪名高い隣国パキスタンと異なり、核不拡散政策を貫き、他国には一切の技術・核物質を提供していない。
(3)インドは世界最大の民主主義国で、独裁者が個人的野望で核開発した国とは異なり、核管理にも信頼がおける。米印協定は将来の人口増とエネルギー需要急増を見越して、原発増設の必要に迫られたインド側が働きかけで実現したものだが、推進役のマンモハン・シン首相は議会対策に四苦八苦、辛うじて承認を取りつけた。このように決定に透明性がある。
(4)ブッシュ政権は、中国を牽制し、アジアにおける力の均衡維持にインドを利用しようとしたのだが、原発輸出で米原子力産業の再興に役立つ。これは米国大手のウェスティングハウス社原子力部門を併合した東芝やGE(ゼネラル・エレクトリック社)と提携した日立にも朗報である。なにしろインドは推定1400億ドルの市場なのだ。
(5)人口大国インドがCO2(二酸化炭素)を排出しない原発依存を強めることは、温暖化防止の観点からも望ましく、インド自身が核不拡散政策を守る国である以上、NSGの「例外扱い」に問題はない。ブッシュ大統領自身「時代が変われば人の考えも変わる」と豪語している。
日本にはNPT至上主義者が多いが、なぜそれほどまでにNPTを金科玉条にするのか。なぜ5大国の核保有に抗議し、核軍縮推進をもっと声を大にして唱えないのか。米国もロシアも核軍縮を不熱心であることの方がはるかに問題ではないか。
NPT体制と核不拡散体制とは同義ではない。日本人のNPT至上主義は、木を見て森を見ない類だ。インドのほかに、パキスタンとイスラエルがNPT非加盟の核保有国だし、北朝鮮は脱退済み、イランはNPT加盟国のまま核開発を続けているではないか。
核不拡散はNPT遵守で担保されるものではない。指導者を核開発に向かわせないようにする地域の緊張緩和と信頼醸成に向けての努力、地域の非核化、核物質防護とテロ対策などを重層的に組み合わせ、網の目のようにかぶせていって初めて維持され、支えられるものである。
【『世界日報』2008年10月12日付「サンデービューポイント」】