2008年9月13日
【書評】 ヘレン・カルディコット著 『狂気の核武装大国アメリカ』(集英社新書)
米国で反核運動に従事する豪州出身の小児科の女医が、医学的な根拠を示しながら核兵器が使用された場合の放射線障害、「核の冬」の地球環境への影響などを例示し、核廃絶の必要を説く。
本書の特徴は、ロッキード・マーチン社をはじめとする米軍需産業と、チェイニー副大統領、ラムズフェルド前国防長官、ライス国務長官ら、ブッシュ政権の主役たちとの癒着ぶりを列挙し、米国の軍産共同体の実態をいかんなく暴露している点だ。
しかし、この種の著書にありがちなことだが、「反核」の理念が先行し、しばしば事実を歪曲し、短絡した結論を押しつけている点である。初めに結論ありき、が目立つ。事実誤認も少なくない。たとえば、
(1)「アメリカは、日本に対して憲法を修正し、核兵器生産を合法化するように圧力をかけてきた。このような日本へのあからさまな核兵器開発要求は、実に不気味だ。」(P13)。とんでもない。アメリカは絶対に日本に「核兵器生産」など認めないし、「核兵器開発」を要求することなどあり得ない。国際政治に対する著者の無知をさらしている。
(2)「青森県六ヶ所村の新しい商業用再処理工場が操業を開始したところであり、プルトニウムの備蓄量は2020年には145トンにのぼる見込みだ。・・・・日本は、すでに9000〜1万の核兵器用のプルトニウムを備蓄していることになる。・・・・日本はいまや事実上の核兵器保有国とみなされているのだ。」(p13−14)。単細胞の反核論者が展開する強引な論理だ。再処理工場は操業を開始していないし、備蓄量の数字も非現実的。日本が備蓄しているのは「核兵器級」ではなく純度が低い。しかも六ヶ所村の再処理技術では超ウラン元素を混入し、核弾頭には転用できない工夫が施されていることを全く無視している。
(3)「北朝鮮国家元首の金正日と韓国の金大中大統領は、2000年6月15日に平和条約を調印し、・・・」(p59) 事実誤認もはなはだしい。金正日は国家元首ではないし、平和条約など調印していない。何を勘違いしたのだろうか。
(4)「1995年、エネルギー省は、NPT(核拡散防止条約)の延長に同意する代わりに、第2次マンハッタン計画への巨額の財政支出の承認を得た。・・・・・・1996年、5つの核兵器保有国と核兵器製造能力をもつその他の44カ国は、CTBT(包括的核実験禁止条約)を遵守することでも一致した。」(p82−83)意味不明である。同意するもしないも、NPT無期限延長を主張したのは米政府そのものだったし、CTBTがすでに発効しているような表現は誤解を招く。CTBTは未発効だし、真っ先に離脱したのはブッシュ政権ではないか。
挙げていったらキリがないので、この辺で止めておく。もって他山の石とすべき書物だ。集英社新書は核問題と意欲的に取り組んでいるが、誤りが多すぎる。校正ゲラを専門家に見せて正確を期すべきだ。
【『NERIC NEWS』2008年9月号】