2008年9月26日
ひとりよがりのスリーS/Safeguard,Safety,Securityはこじつけ
日本政府は「原子力推進はスリーSを守りながら」と世界に呼びかけている。7月の洞爺湖サミットでも最終宣言で、「スリーS が原子力平和利用の根本原則である」と述べ、議長総括でも福田首相〔当時〕が「スリーSに立脚した原子力エネルギー基盤整備のための国際イニシアティブを開始する」と大見得を切った。
スリーSとはSafeguard, Safety, Security の頭文字だというのだが、皆さんはそれぞれの違いがおわかりだろうか。丸の内の外国人特派員協会(外人記者クラブ)の英米人記者に聞いてみたら一様に首をかしげた。とくに Safeguard の正確な概念、SafetyとSecurityの違いがわからないという。福田首相に代わってタネ明かしをしよう。
日本語で言えば、「(核)不拡散」「(原子力)安全(運転・管理)」「核物質防護とテロ対策」の3つをSで始まる単語で結びつけ、英語の語呂合わせよろしく「スリーS」としたのだが、無理がある。
一番目のSafeguard はIAEA(国際原子力機関)の「保障措置」のことで高度の技術システムだ。これを「不拡散」とするのは強引過ぎる。日本政府は括弧して Non-proliferation と補っているが、「不拡散」は、信頼醸成、非核地帯設置、(米印原子力協定で話題となった)「NSG(原子力供給国グループ)」参加、CTBT(包括的核実験禁止条約)締結、大量破壊兵器拡散禁止の国連安保理決議遵守、さらには拡散阻止のための実力行使であるPSI(拡散対抗安全保障構想)など多面的、重層的な措置によって実現するもので、多岐にわたる。safeguard はそのほんの一部に過ぎず、safeguard だけで「不拡散」が担保されるわけではない。
巷間 safeguard といえば、国内産業保護のために緊急輸入制限を課すことを意味する国際貿易上公認の措置で、日本語で「セーフガード」とカナ表記している。外国人記者もみなこれと勘違いしていた。専門語・業界用語はどこにもあるが、説明されれば誰でも納得できる普遍性が不可欠だ。
二番目の Safety は日本語の「安全」と同義だからいいとして、問題は三番目の Security とどう区別するかである。両者の違いを端的に表す文言として「あなたの Security のために Safety belt を締めて下さい」というのがある。前者が「安心」、後者が「安全」。安全確保の手立てを講じて、あるいはそれを確認して人は初めて「安心」する。その意味でSafety と Security は表裏一体、不可分の関係にあるのだが、日本政府は両者を完全に分離して別な概念として扱おうというのだから英単語の恣意的な解釈で、英語を母語とする記者たちが首を傾げるのも無理はない。
Safety はいいとして、Security は「核物質防護とくに核テロ対策」だという。最初のこの分離解釈をしたのはIAEA(国際原子力機関)で、ウィーンの事務局には両者の縄張りをきちんと分けた部局まで存在する。しかし外部の人間には紛らわしいし、分離解釈がひとりよがりで普遍性がない。そもそも「テロ対策」も不拡散のための措置の一環ではないか。
だから日本語で「核不拡散」「原子力安全」「核セキュリティー」などと、わかのわからぬ訳語が並ぶことになる。「核不拡散」は Safeguard ではなく、non-proliferation だから頭文字はNであるべきだ。スリーSではなく、ひとつのN, 2つのSというべきだ。それにしても「核セキュリティー」とは何か、日本語ではさっぱりわからない。スリーSなどというキーワードを得意になって宣伝するのは止めた方がよろしい。
【『電気新聞』2008年9月25日付「時評ウェーブ欄」】