2007年1月01日
私と北朝鮮/核・ミサイル・拉致問題
ウィーンのIAEA(国際原子力機関)に勤務しているとき東西冷戦終結に遭遇した。ソ連が解体し、東欧の社会主義諸国が消滅したが、朝鮮半島には冷戦構造が残った。相前後して朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の秘密核開発が露呈した。金日成・金正日父子がこれを体制生き残りのカードに使い始めたのだ。寧辺の黒鉛減速型実験炉の使用済み燃料を再処理してプルトニウム抽出を開始したことが衛星写真で確認された。
クリントン政権をゆさぶって、休戦状態のままの朝鮮戦争を正式に終結させるための平和条約締結を米国に迫り、体制存続を図ろうとしていることは明白だった。ウィーンの同僚が私にささやいた。「プルトニウムだけでワシントンを動かそうというのだから大変だ。北朝鮮のお手並み拝見だね」。
あれから15年、プルトニウムの爆縮反応は不完全だったようだが、金総書記は2006年10月核実験を実施し、名実ともに核保有を宣言した。日本は7月のミサイル発射実験に続いて過剰反応、かつてない核武装論が保守派の論客と自民党タカ派指導者の口から噴き出している。
「非核三原則を支持する」としながら、「議論するのはよい」という中川自民党政調会長と麻生外相の立場は矛盾している。議論というのは賛否両論があって初めて成立するものだ。「(核を)持たず、造らず、持ち込ませず」の三原則を支持しているなら、議論を呼びかける必要はない。
北朝鮮をここまで追い込んだのはブッシュ政権の無策、というより無視、放置政策だ。ホワイトハウスの関心はイラクとイランにしかない。北朝鮮のことは中国に任せきりにして時間稼ぎ、北東アジアに緊張を温存し、北朝鮮を脅威として利用したほうが世界戦略推進に好都合という打算がワシントンにはある。
NPT(核不拡散条約)体制をさらに空洞化させ、事実上の核保有国を増やしてしまったブッシュ大統領の責任は大きい。ことし6月、最後の日米首脳会談に臨んだ小泉首相が、再々訪朝をして日朝国交正常化の道筋をつけて引退の花道にしたいと直訴したものの、ブッシュ氏は首を立てに振らず、「オレは金正日が大嫌いだ」と吐き捨てるように言ったという。好き嫌いで核保有国を増やしてもらっては困る。
かく申す私は、本来、朝鮮とは縁もゆかりもなかったし、別に金正日体制を支持しているわけでもない。それなのに産経新聞と文藝春秋に「親北派文化人」のレッテルを張られ、売国奴とか非国民とか、一時は右翼分子の頻繁な脅しと嫌がらせの標的にされた。
「北朝鮮の核は日本にとって脅威ではない」とメディアで解説してきたことは事実だ。核は米国の気を惹いて交渉のテーブルにおびき出し、米朝平和条約締結に持ち込むための「交渉カード」に過ぎないからだ。平和条約締結、すなわち米朝国交正常化であり、経済制裁解除なのだ。ブッシュ政権に「悪の枢軸」呼ばわりされている現状では、世界銀行にもアジア開発銀行にも加盟できず外資導入もままならず、中国の勧める改革開放も進まない。
こうした北朝鮮の立場を解説するのが、なぜ売国奴になるのか理解に苦しむ。
7月のミサイル発射も何ら違法性はなく、日本国民を不安に陥れないように、わざわざロシア沖の日本海海域(公海)で整然と行なった実戦演習だ。日本だけが空騒ぎをして、国連安保理の制裁決議案採択に持ち込もうとしたものの、米国がさっさと降りてしまった。結局、非難決議採択でおさまったが、ミサイル発射実験でいちいち制裁していたら米国が真っ先に制裁されることにならざるを得ない。日本も平和目的のロケットと称して発射している。ロケットもミサイルも同じものなのだ。
私に対する誹謗中傷として、もうひとつ、拉致を否定していたというのがある。私が否定したのは、横田めぐみさん拉致だけだ。いくら何でも13才の少女を北朝鮮工作員が拉致したとは思えなかった。私の常識は北朝鮮には通じなかったのが残念だ。それにしても北は罪作りなことをしたものだ。「娘は生きている」とひたすら信じて奪還を訴える横田夫妻は、ご本人たちが誠実な人柄だけに、本当に痛々しい。
しかし、拉致被害者の全員救出を叫んで、徹底解明を要求、「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」と入口にすえ続けることが日本にとって得策だとは思えない。金正日体制を相手にするかぎり、拉致問題解決は日朝国交正常化を通してのみ可能なはずである。11月の中間選挙の余勢を駆って、米朝直接交渉を主張する民主党政権が出現して米朝国交正常化が実現したとき、日本はいつまで拉致解明を叫び続けられるだろうか。
「救う会」「家族会」の背後には、金正日体制打倒を叫ぶ「現代コリア」という政治勢力が控えているが、金体制打倒は現実的なシナリオとは思われない。ミサイル発射に続く核実験強行で、中国が北朝鮮を見放したという"希望的観測"が流れたが、にわかには信じがたい。中国はしたたかだ。
「小泉首相が意欲を見せたものの、日本は結局、対米追随だということが改めてわかった。われわれは米国を動かして見せます。米国を動かせば、日本は簡単に動きます」。訪朝するたびに旧交を温めている北朝鮮政府高官の言葉だ。
【雑誌『社会評論』N0.148(2007年冬号)】