2006年10月15日
核とミサイルに体制存続を賭ける金正日総書記
ミサイル発射は“効果”なく、核実験で“ゆさぶり”
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は10月9日、「地下核実験を安全かつ成功裏に行なった」と発表した。3日に予告して6日目、朝鮮労働党創建記念日の前日だった。
実験場は東北部の咸鏡北道花台とされ、山岳地帯に横穴を掘ってプルトニウムの爆縮反応を試したものと見られているが、周辺諸国で検知した地震波は微弱で、爆発は小規模と見られ、失敗説も出ている。しかし核爆発実験をしたことは疑いなく、これで北朝鮮は名実ともに「核兵器保有国」の仲間入りをしたことになる。
これに先立つ7月5日、北朝鮮はロシア沿岸に近い日本海海域で7発のミサイルを発射実験した。これは日韓豪など米国の同盟国が西太平洋海域で実施した一連の合同演習(リムパック、ヴァリアントフィールド)ならびに米韓合同演習(ウルチフォーカスレンズ)に対抗するための実戦訓練だったが、日米両国は“挑発”と受け止めて国連安保理に提訴、当初は憲章第7章にもとづく「制裁」を企図、日本が主導して強硬な決議案を起草したものの、中ロの反対で最終的には比較的穏やかな内容の非難決議案で妥協が成立した。
「制裁に等しい強い決議案採択」という日本のメディアの報道は間違いだ。昨今の日本のメディアの北朝鮮報道は誹謗中傷ばかりで、中立・客観的な分析と解釈すら“北朝鮮擁護”と受け取られる。当然のことながら日本政府は北朝鮮を非難する。メディアはそれをタレ流し、コメンテーターが針小棒大な解説を加えて危機を煽るという構造になっている。
現在、世界の47カ国がミサイルを開発・保有し、年間数百回の発射実験が行われている。北朝鮮のミサイル発射も国際法違反の事実はどこにもない。ミサイル発射実験は、航行中の船舶と飛行機の安全確保のために事前通告して実施する限り、違法ではない。これを「国際平和と安全に対する脅威」と認定し、いきなり制裁の対象としようとした日本政府の“迷走”ぶりは国連で醜態をさらけ出した。これを「日本外交の勝利」などと自画自賛し、そのまま受け売りした日本のメディアはジャーナリズムとは言い難い。
日本が発動した単独制裁も逆効果だ。北朝鮮は「制裁は宣戦布告に等しい」とかねてから宣言しており、これで拉致問題の解決はますます遠ざかることになることを知るべきだ。
しかし、それよりも北朝鮮にとって“誤算”だったのは、ブッシュ政権が全く譲歩の姿勢を見せず、「脅しには屈しない」として金融制裁を解除せず、6カ国協議への即時無条件復帰を要求、北朝鮮が望んでいる米朝直接交渉を拒否し続けている事実だ。としたら、北朝鮮に残る手持ちのカードは核実験しかない。これが核実験の背景だ。
「実験せずに核抑止力実証は不可能」北の高官語る
北朝鮮は、2005年2月、「核兵器を製造し、核貯蔵庫を増やすことを決めた」と事実上の核保有宣言をしたが、核爆発実験はしていなかった。「核実験なしに核兵器製造は不可能」というのが専門家の見方であり、過去に実験せず核保有国になった例はない。まして高度のハイテク技術を要するプルトニウムの爆縮反応をともなう核弾頭製造には事前実験が不可欠だ。
筆者は2005年5月の訪朝の際、その点を執拗に問い質したところ、会見相手の朴賢在・平和軍縮研究所副所長は「核爆発実験は必要だ。いずれ実施することになる」と述べた。しかも即答せず、軍と政府の責任者に確認してからの回答だった。数時間後に宿泊先のホテルにわざわざ電話をかけてきて、正確を期すために通訳を介しての伝言だった。北朝鮮の当局者が「戸外実験は不可欠」と認めたのは、これが初めてだった。
核実験の予兆はこれまでにも数回、衛星写真で観測された。実験場をおぼしき地点でトラックが往復したり、山腹に穴を掘ったり、ケーブルを埋設したりの作業状況が写真撮影されていた。筆者の訪朝直前の2005年4月、米国のメディアがしきりに「核実験近し」の推測を流していた。しかし、この時はブッシュ政権が「ニューヨーク・チャネル」を使って直接対話に応じ、韓国も200万キロワットの電力支援を約束、それが誘い水となって同年7月、北京の6カ国協議再開、その後の「共同声明」採択につながった。このため核実験説は立ち消えになった。いずれも「実験近し」と見せかけた独自の“陽動作戦”で、それだけで効果を発揮したわけだ。
しかしミサイル発射は“空振り”に終わり、核実験も今のところ効果なく、逆に国連憲章第7章にもとづいて制裁の発動を容認した安保理決議に直面している。ブッシュ政権は微動だにしない。金融制裁解除のそぶりも見せない。としたら次のカードは、二度、三度と度重なる実験か米本土に届く長距離ミサイル「テポドン2号」の発射ということになる。はたして金正日体制が制裁に耐えて生き延び、米朝交渉にこぎつけられるかどうか、時間との勝負になってきた。
核実験後の北東アジア情勢
現在、地上・空中・水中の核実験は禁止されており、地下実験も禁止しようというCTBT(包括的核実験禁止条約)が1996年に国連総会で採択され、署名に開放されたものの、発効していない。北朝鮮は未署名・未批准。ブッシュ政権も離脱を表明している。したがって国際法上、実験は違法ではないが、「国際平和と安全に対する脅威」という点ではカラのミサイル発射実験より深刻で、影響は大きい。問題はその実効性だ。地続きの中国と韓国が経済制裁に額面どおり従うとは思われない。過去の例からも密輸が規制の網をくぐって活発になるだろう。
それよりも北東アジアにおける核拡散が既定事実となったことは由々しい事態だ。日本で核武装論が本格化し、NPT(核不拡散条約)体制がますます形骸化してしまった。その責任を北朝鮮の挑戦性に求めるのは容易だが、それで問題は片付かない。直接交渉を拒否し、事態を放置したブッシュ政権の責任こそ、きびしく問われるべきだ。ブッシュ政権は直ちに米朝直接交渉に応じるべきだ。
【『核・原子力・エネルギー問題ニューズ』2006年10月号】