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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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北朝鮮
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2006年8月01日

北朝鮮ミサイル発射狂想曲/狙いは米国/日本だけが空騒ぎ

はじめに
 日本民族と朝鮮民族は、顔形も酷似していて、滅私奉公あるいは支配者・家父長への忠誠心、儒教倫理など共有する慣習と価値観も少なくないが、どうも相性が悪い。最大の相違点は、朝鮮民族は執念深く、「恨」を持ち続けるが、日本民族は忘れっぽく、淡白なことだ。

 植民地支配の36年間の加害者としての歴史はほとんどの日本人の記憶からは消え失せており、朝鮮人強制連行・強制労働の贖罪意識はうすい。日本人は被害者意識も希薄だ。広島・長崎の原爆体験はしだいに薄れ、加害者である米国に対する遺恨の念はほとんど残っていない。むしろ民主化してくれた恩人として日本人はアメリカが大好きだ。ところが、韓国でも北朝鮮でも、宗主国日本と日本人への「恨」は強く、徹底的な反日教育が今日なお続けられ、韓国政府は反日政策を国内の引き締め強化に利用している。

 冒頭で述べた「相性の悪さ」は日朝関係に象徴されている。これほど相互不信の強い二国間関係はほかにない。7月5日未明から夕刻にかけての北朝鮮の7発のミサイル発射のターゲットは物理的にも心理的にも米国であり、ブッシュ米政権をゆさぶり、米朝直接交渉を呼びかけるのが目的だったが、日本国民は自らが攻撃されたかのような衝撃を受け、パニック状態になった。

 他方、これを奇禍としてミサイル防衛(MD)の日米共同開発、(といっても日本はもっぱらカネづる)に拍車をかけさせようという米軍当局と産軍共同体の情報操作はまんまと成功した。イージス艦補強、SM−3(スダンダード・ミサイル)・PAC−3(パトリオット・ミサイル)配備など日米のミサイル防衛一体化は着々と進んでいる。次期中期防(2005−09年)のミサイル防衛関連費として5700億円が計上されている。

 今回が初めてではない。「日本列島の頭ごしに三陸沖に落下した」という米軍発表に日本国民は震え上がったのが前回、1998年8月31日のテポドン1号発射だった。国民は、次年度予算に9億6000万円を計上し、TMD(戦域ミサイル防衛)共同研究出資に応じた政府の決定を文句なく承認した。これが日米ミサイル防衛網への出資のはじまりである。

ワイドショー効果で浸透する脅威感
 「北朝鮮ほどワイドショーでいつ取り上げても話題に事欠かず、確実にそこそこの視聴率を稼げるテーマはない」と民放テレビ局のディレクターが告白する。核、拉致、金正日の私生活、世襲による後継者問題、脱北者の体験談・・・・ネタはいくらでもあると彼はいう。「北朝鮮モノ」は、ホームランとはならなくても、着実なヒットにはなるのだとう。

 そこへ今回のミサイル7発発射!各局にとって、1週間ホームランを打てる特大ネタだった。繰り返すが、7月5日のテポドン2号はじめ、ノドン3発、スカッド3発という一連の発射は、ブッシュ米政権に対する切ないラブコールなのだ。テポドンはどうやら第一段階のブースターのエンジン故障で失敗したものの、在韓米軍、在日米軍に届く中短距離ミサイル(ノドン、スカッド)なら配備済み、いつでも発射可能というシグナルだ。

 なぜ、いまこの時期にという疑問に答えるのは簡単だ。ブッシュ政権は、昨年9月の6者協議「共同声明」のあと、マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」の北朝鮮関連口座を凍結、いわゆる「金融制裁」に乗り出し、金正日体制しめつけに転じた。

 その後は、イラク、イラン、パレスチナと中東にばかり目を注いで、北朝鮮は放置。これに対し、そろそろ「こっちを振り向いてくれ」というメッセージなのだ。いつも威嚇と脅しで米国に迫るが、口頭や文書で訴えても通じないと北朝鮮の外交官は嘆く。

 要するに米国をテーブルに引き出して、直接交渉で平和条約を結んで安全保障をとりつけ、国交正常化して経済制裁を解除させ、直接投資を呼び込もうという算段だ。金正日総書記にとって核もミサイルも対米交渉のカードとしてのみ存在するといっても過言ではない。イランと違って石油が一滴も出ない北朝鮮には、核とミサイルを持たないかぎり米国は振り向いてくれない。だから最後まで手放せない、と彼らは信じている。

 北朝鮮を訪問するたびに筆者が気づくのは、街に中国人ビジネスマンが目立ち、市場に中国製品が溢れていることだ。昨年訪朝した際に訪れた平壌市内の統一(自由)市場に軒を並べているスタンドに所狭しと並べられた商品の90%が中国製だった。日用品はすべて揃っていた。

 南北軍事境界線近くの開城には韓国の投資と技術で一大工業団地が出現している。26万平方キロの広大な敷地に、将来は5万人の北朝鮮労働者が就業、ハイテク産業の世界の中心地たらんと目指している。まだ運行していないが、南北を結ぶ鉄道も開通している。中国と韓国の支援で金正日体制は安泰だ。しかし北の指導部はそうは思っていない。

 南北分断を固定化した朝鮮戦争はいまだに休戦状態にあり、それが在韓米軍駐留の根拠になっている。南北和解と協力がいくら進んでも、韓国には北と平和条約を結ぶ資格がない。休戦協定は米朝両国が結んだものだ。朝鮮半島の平和と安全を仕切っているのは米国なのだ。ミサイル発射はこの事実を改めてブッシュ政権に自覚させ、直接交渉を呼びかけたのだ。

 とすれば、北朝鮮のミサイルは日本を狙ったものではなく、日本の平和と安全を脅かしたものではない。にもかかわらず一番大騒ぎしているのが日本国民だ。メディアの煽動効果だ。
 そして冒頭で紹介したように、その背後でほくそ笑んでいるのが米軍、自衛隊、日米の産軍共同体という構図が存在している。"北朝鮮の脅威"に対抗するためのMD(ミサイル防衛網)の日米共同開発と配備に反対する者はなく、自衛隊の手足をしばっている武力行使、集団的自衛権行使解禁の日は近い。憲法改正も時間の問題だ。こうして日本の保守化、右傾化が進んでいく。

 日本政府と与党にとって、"北朝鮮の脅威"ほどありがたいものはない。今回のミサイル発射では小泉内閣は電光石火の速さで対策本部を設けて米軍情報を開示、単独制裁に乗り出し、折しも新潟港に入港していた「万景峰号」を追い返した。ミサイル発射直後の読売新聞の世論調査によると、国民の92%が日本の単独制裁を支持している。NHKの世論調査でも、「発射に不安を感じる」という回答が82%、「さらなる経済制裁を」と主張する者が69%に達している。まさにワイドショー効果だ。

 筆者は3年前の2002年7月、毎月執筆している新聞のコラムで、「北朝鮮は本当に脅威か」と問いかけ、その中で、「3日も闘えば燃料が枯渇し、人民軍の士気も低下していて、米軍の後ろ盾のある日本にとって脅威ではない」と説いたところ、読者から抗議が殺到した。「自暴自棄になって何を仕出かすかわからないのが北朝鮮。核もあるし、日本人拉致もある。吉田氏は北朝鮮に甘すぎる」というのだ。

 旧知の宋日昊日朝国交正常化担当大使は訪朝するたびに筆者にこう語る。「日本には"過去の清算"をさせて補償・賠償を取り立てねばならない。名目は"経済協力"でも小泉首相が約束した。大事な金づるだ。在日朝鮮人も大勢いる。そんな日本をわれわれが攻撃する筈がない。日本が動かないなら話は簡単。米国を動かせば日本は簡単に動く。核とミサイルはそのためにある」。日本と北朝鮮は、ほんとうに近くて遠い国だを思わざるを得ない。

北朝鮮の"脅威"をなくすには
 大半の日本人が「北朝鮮は何を仕出かすかわからない」と感じている点に問題がある。今回のミサイル発射では軍部が暴走し、金正日総書記(国防委員長)の承認なしに行動したのではないかという憶測が流れたが、北朝鮮の権力構造に無知な者の暴論である。

 北朝鮮は唯一首領体制の下で軍民一体だが、金正日の権力基盤が軍にあることは自他ともに認めている。しかし朝鮮労働党一党支配は磐石で、軍の幹部は党の幹部でもある。米国と対決状況にあれば軍の意向が強まるのは当然である。これを「先軍政治」と呼んでいる。

 出先の外交官は相手の提案を拒否する口実に「軍の反対」を使うことがある。それはとりもなおさず"将軍様"(金正日)の反対なのだ。
 筆者は1990年代初めの第一次核危機いらい北朝鮮の論理と行動をフォローしているが、独裁体制だからだが、北朝鮮ほど終始一貫していて外交がぶれていない国はない。要するに体制生き残りのためには手段を選ばないのだ。ただし自国に有利な取り決めや合意はまじめに守る。たとえば1994年の「米朝枠組み合意」。

 米国の情報操作どおりに受け入れる日本では、ウラン濃縮に手を染め、この合意を破棄したのは北朝鮮というのが定説だが、事実は異なる。合意は、(1)寧辺地区の核関連施設を凍結する代わりにKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を通して軽水炉を2基提供する。1基は2003年までに完成。それまでの間、米国が毎年50万トンの重油を提供。(2)米国は通信・金融上の制限を撤廃し、貿易・投資の規制を緩和する。相互に連絡事務所を設け、将来、大使級に格上げする。という画期的な内容を含んでいた。ジュネーブで交渉にあたった姜錫柱第一外務次官は、平壌の順安空港で「よくぞ、やった」という凱旋将軍のような出迎えを受けた。北朝鮮外交の勝利だったのだ。

 その結果は、(1)は遅延に遅延を重ねた。作業は5年以上遅れ、重油の提供は滞った。(2)については、米国は何ひとつ履行しなかった。その理由を尋ねたところ、米側首席代表として交渉にあたったロバート・ガルーチ核不拡散担当大使(当時)は、「CIA情報では金正日体制は数年以内に崩壊する筈だった」と告白した。米国は履行する意思が最初からなかったのだ。それでもクリントン政権は1998年のテポドン1号の発射に驚き、履行を再開、在任中、米朝国交正常化一歩手前までこぎつけたものの、ブッシュ候補の逆転勝利で中断。しかも発足後のブッシュ政権はABC(クリントン前政権の全政策に反対の)政策で全否定。つまり米側が、合意破棄の根拠とした「ウラン濃縮」は合意の対象とはなっておらず、反故にするための言いがかりにすぎなかったのだ。

 2002年ブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし、核兵器による先制攻撃の対象とし、体制変革(レジームチェンジ)を企てている。昨年9月の6者協議の共同声明も米側は履行する意思はない。その証拠に、同時並行で金融制裁を課し、体制しめつけに転じている。このまま黙っていると、次は強制収容所の現地視察要求など人権問題で攻めてくるに違いない、というのが平壌の指導部の判断だったのだ。これがミサイル発射の背景である。
                                                                         【『マスコミ市民』2006年8月号】

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