2006年7月14日
北朝鮮ミサイル発射の”脅威”
北朝鮮ほどワイドショーでいつ取り上げるのに話題に事欠かず、確実に視聴率を稼げるテーマはない、と民放テレビ局のディレクターが告白する。核、拉致、金正日の私生活、脱北者の体験談・・・・ネタはいくらでもあると彼はいう。そこへミサイル7発発射!おかげで重村智計氏はテレビ局はしごの大忙しだ。
7月5日のテポドン2号(失敗!)はじめノドン3発、スカッド3発という一連の発射はブッシュ政権に対する切ないラブコールなのだ。在韓米軍、在日米軍に届く中短距離ミサイルなら配備済み、いつでも発射可能というシグナルだ。
そもそもミサイル発射実験は国際法違反ではなく、これを国連安保理に持ち込み、制裁の対象にしようというのは無茶な話である。北の狙いは、要するに米朝直接交渉で平和条約を結んで安全保障をとりつけ、国交正常化して経済制裁を解除させ、直接投資を呼び込もうという算段だ。金正日総書記にとって核もミサイルも対米交渉のカードとしてのみ存在するといっても過言ではない。イランと違って石油が一滴も出ない北朝鮮には、核とミサイルを持たないかぎり米国は振り向いてくれないのだ。
北朝鮮を訪問するたびに気づくのは、街に中国人ビジネスマンが目立ち、市場に中国製品が溢れていることだ。南北軍事境界線近くの開城には韓国の投資と技術で一大工業団地が出現している。まだ運行していないが、南北を結ぶ鉄道も開通している。中国と韓国の支援で金正日体制は安泰だ。しかし北の指導部はそうは思っていない。
南北分断を固定化した朝鮮戦争はいまだに休戦状態にあり、それが在韓米軍駐留の根拠になっている。南北和解と協力がいくら進んでも、韓国には北と平和条約を結ぶ資格がない。休戦協定は米朝両国が結んだものだ。朝鮮半島の平和と安全を仕切っているのは米国なのだ。ミサイル発射はこの事実を改めてブッシュ政権に突きつけ、直接交渉を呼びかけたのだ。
とすれば、北朝鮮のミサイルは日本を狙ったものではなく、日本の平和と安全を脅かしたものではない。にもかかわらず一番大騒ぎしているのが日本国民だ。メディアの煽動効果だが、その背後でほくそ笑んでいるのが米軍、自衛隊、日米の産軍共同体という構図が存在する。 "北朝鮮の脅威"に対抗するためのMD(ミサイル防衛網)の日米共同開発と配備に反対する者はなく、自衛隊の手足をしばっている武力行使、集団的自衛権行使解禁の日は近い。憲法改正も時間の問題だ。こうして日本の保守化、右傾化が進んでいく。
日本政府と与党にとって、"北朝鮮の脅威"ほどありがたいものはない。今回のミサイル発射では小泉内閣は電光石火の速さで対策本部を設けて米軍情報を開示、単独制裁に乗り出し、折しも新潟港に入港していた「万景峰号」を追い返した。読売新聞の世論調査によると、国民の92%がこれを支持している。ワイドショーさまさまである。
3年前の本欄で、私は「北朝鮮は本当に脅威か」と問いかけた。「3日も闘えば燃料が枯渇し、人民軍の士気も低下していて、米軍の後ろ盾のある日本にとって脅威ではない」と説いたのだが、読者から抗議が寄せられた。「自暴自棄になって何を仕出かすかわからないのが北朝鮮。核もあるし、日本人拉致もある。吉田氏は北朝鮮に甘すぎる」というのだ。
旧知の宋日昊日朝国交正常化担当大使はいつもこう語る。「日本には"過去の清算"をさせて補償・賠償を取り立てねばならない。大事な金づるだ。在日も大勢いる。そんな日本をわれわれが攻撃する筈がない。日本が動かないなら話は簡単。米国を動かせば日本は簡単に動く。核とミサイルはそのためにある」。日本と北朝鮮は本当に近くて遠い国だとつくづく思う。
【『電気新聞』2006年7月14日付「時評」ウェーブ欄】