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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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北朝鮮
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2005年9月30日

軽水炉取得は金日成の遺訓

「米朝枠組み合意」は北朝鮮外交の勝利

 一九九四年一〇月二五日、秋晴れの順安空港に着陸した高麗航空から降り立った姜錫柱第一外務次官は、上司の金永南外相(当時)以下、党と政府の幹部総出の大歓迎を受けた。ジュネーブでガルーチ米代表相手に三カ月にわたる交渉の末に署名にこぎつけた「米朝枠組み合意」が北朝鮮にとって画期的な外交的勝利を意味したからだった。姜氏は「よくぞ、やった」というねぎらいの声とともに握手攻めに遭った。

 北京経由の帰国便を待ちながら、空港でこの光景を目撃した朝鮮新報のY記者からこの話を聞いた私は、北朝鮮側から「枠組み合意」を破棄することはあり得ないという確信を深めた。

 「枠組み合意」は、寧辺地区の核施設凍結の代償として、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を通して一〇〇万キロワット級の軽水炉二基を提供、完成までのつなぎに米国が毎年五〇万トンの重油を提供するという北朝鮮にとって、“おいしい”成果を取り決めたものだ。しかも平壌当局がそれ以上に重視したのが経済制裁解除と国交正常化で合意した第二項だ。「枠組み合意」は、「双方は署名後3カ月以内に通信サービスと金融決済に対する制限措置の解消を含め、貿易と投資の障壁を緩和する。・・・・双方は互いに相手側の首都に連絡事務所を開設し、諸問題の解決の進展に応じてこれを大使級に格上げする」と謳っていた。まさに米国は経済制裁解除と国交正常化に同意していたのだ。

 ブッシュ政権は、二〇〇二年十一月、北朝鮮による秘密裡のウラン濃縮計画を暴露して「枠組み合意」違反と断定、重油提供を中止、軽水炉建設事業も中断に持ち込んだが、「枠組み合意」は凍結ないしは禁止の対象としてウラン濃縮には直接言及していない。

 米国は「枠組み合意」第二項を全く履行しなかった。第一項のKEDOの軽水炉建設も中断が続き、数年遅れで、二〇〇二年時点で基礎工事が完了しただけだった。米側の不履行に業を煮やした北朝鮮が抗議の意思表示として行ったのが一九九八年のテポドン発射であり、極秘裡のウラン濃縮計画着手だったと推定される。

 私は、引退後学界に転じたガルーチ氏来日の際、その真意を質したところ、「一九九四年七月の金日成急死後、北朝鮮は体制崩壊が近いというのがワシントンの支配的空気だった。朝鮮半島の核拡散に歯止めをかけるのが当面の目的だった。『枠組み合意』はその目的を果たした」と告白した。

 しかし、その後も金正日体制が崩壊する兆しはなく、パキスタンのAQカーン博士の“核の闇市場”からウラン濃縮器材を取得していたことを突き止めたブッシュ政権としては、何としてもクリントン前政権が与えた“甘いアメ”を北朝鮮から取り上げたかったのだろう。

「軽水炉による原子力平和利用は建国以来の悲願

 「枠組み合意」をめぐる舞台裏のエピソードを延々と紹介したのは、九月一三日に北京でほぼ一ヵ月ぶりに再開された第四回六者協議における北朝鮮の金桂寛外務次官の最初の要求がKEDO事業の再開だったことの根拠を示すためである。

 ヒル米代表が「KEDO再開など論外」と拒否したのを知った金代表は、核廃棄の見返りとして、「それなら六者協議の新しい枠組みで軽水炉を提供せよ」と迫り、一歩も退かなかった。

 見返りとしてのエネルギー支援は韓国がすでに二〇〇万キロワットの電力供給を申し出ており、それで十分というのが米国の主張で、秘密核開発という悪行に代償は与えないというのがブッシュ政権の方針だったが、最後は中韓ロとくに議長国中国の説得で譲歩した。電力支援を申し出た韓国は、送電スウィッチを握られることに北朝鮮が警戒心を抱いていることを理解し、KEDO事業にすでに5億ドル以上を支出しているので、名目を変えての再開に柔軟姿勢だ。ロシアも自国製軽水炉輸出のチャンスに期待している。中国も「平和利用の権利」を擁護した。

 「核エネルギー(原子力)の平和利用」はNPT(核拡散防止条約)第四条で「加盟国の奪い得ない権利」と規定しており、ブッシュ政権もイランにはこの権利を認めている。イランに認めて北朝鮮には認めないというのは自己矛盾だ。

 寧辺で稼動中の5メガワット原子炉は、天然ウランを燃料、黒鉛を減速材とするコールダーホール型ガス拡散炉だが、旧ソ連の基本設計をもとに国産技術で完成したというのが自慢で、現在20メガワットの原子炉も建設中である。このタイプの原子炉はプルトニウムを大量に生成するところから旧ソ連が核弾頭製造用に普及させたもので、この点から北朝鮮は当初から核兵器開発を目的としていたに違いないというのが定説だが、事実関係はそうではない。

 北朝鮮の原子力平和利用の歴史は古い。朝鮮戦争終結翌年の一九五六年から旧ソ連に原子力留学生を派遣、その数は年間平均50名以上に達し、三〇年間続いた。五九年にはソ朝原子力平和利用協定を結び、大規模な技術導入を行っている。金日成主席は国内の豊富なウラン鉱山に着目し、基幹エネルギー産業として原子力開発に力を入れていたのだ。

 記録では一九七六年、金日成総合大学で演説し、「わが国の原子力研究は、原子爆弾を製造するためではなく、エネルギーとして利用し、人民経済を発展させることに目的がある」と強調している。金主席は核兵器の脅威には疎く、核保有など想定外だったという東欧外交官の証言もある。次いで、一九八〇年の第六回労働党大会で、核エネルギーの平和利用が公式に研究課題として採用された。 

 金日成主席は、旧ソ連に対して新型の加圧水型軽水炉VVER提供を要請、コスイギン首相(当時)はこれに一度は応じたにもかかわらず約束を守らず、シベリア鉄道で運ばれ、元山港に届けられたのは旧型の天然ウラン黒鉛減速型炉の器材だった。これを契機にソ朝関係は冷却化する。発電用軽水炉取得こそは北朝鮮にとって執念であり、悲願だったのだ。

 日本語では、核(軍事目的)と原子力(平和目的)を用語上峻別して使い分けているものの、濃縮ウランないしプルトニウムの核分裂反応が生み出すエネルギーを利用する点では変わりなく、原子炉は和戦両様に用い得るが、北朝鮮が当初から軍事転用しにくい軽水炉取得を望んでいた事実は注目に値する。ちなみに日本では現在、五三基の軽水炉が稼動している。

 
交渉は長期化、しかしブッシュ政権中に国交正常化

 以上の説明でおわかりの通り、北朝鮮が「原子力平和利用の権利」を放棄することはあり得ないが、体制の安全と軽水炉取得の保証さえあれば、既存の核兵器と生産中のプルトニウムを放棄する用意があるのは明らかだ。

 問題は米朝間の相互不信が根強く、北京合意だけで問題が片付くわけではないことだ。まだスタート地点についたにすぎない。今後は北朝鮮のいう「同時行動の原則」の実践、つまり既存の核兵器の申告と廃棄の検証段階で駆け引きが長期化し、緊張が再燃する可能性がある。ウラン濃縮計画をめぐる疑惑も消えていない。北朝鮮がNPTに復帰し、IAEAの「追加議定書」に署名して全施設を厳重な査察下におけば将来の秘密開発はできない仕組みなのだが、米国は自らが考案した査察システムすら信用していないことにも問題がある。

 いずれにせよ、ブッシュ政権としては、国連安保理に舞台を移しても中ロの反対で制裁実施は不可能であり、まして核施設のピンポイント爆撃など問題外だ。とすれば六者協議における合意以外に米国にとっての選択肢はなかったわけだ。

 私は、去る五月訪朝の際、「われわれは米国が敵視政策を変えるまで頑張ります。ブッシュ政権も二〇〇八年で終り、次はヒラリー・クリントンでしょう。ともかくブッシュよりましな政権と代わり、交渉しやすくなるでしょう」と政府高官が繰り返すのを何度も聞いた。そして彼らはこうも付け加えた。「拉致問題を利用して日朝国交正常化を妨害している勢力のために日朝関係は膠着状態ですが、米国さえ動かせば日本は簡単に動きます」。さいわいブッシュ在任中に米朝関係は動き出す気配だが、日本の対米追随は変わっていない。事態はいま政府高官の予言どおりに動いている。

【『週刊金曜日』2005年9月30日号】

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