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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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北朝鮮
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2005年1月10日

メディアが煽る北朝鮮脅威論と経済制裁の功罪

はじめに

 インターネット上の世論調査によれば、日本国民のほぼ半数が核武装を是認、自民党議員の3割、野党・民主党議員の1割以上が日本の核武装に賛成している。政府サイドでも、福田康夫官房長官、安倍晋三官房副長官(いずれも当時)が近年、「日本国憲法は核武装を禁じていない」旨の発言を行っている。いずれも北朝鮮の脅威が念頭にあり、「北朝鮮もどきになめられてなるものか」という強烈なナショナリズムがその背景にある。

 NPT(核拡散防止条約)体制下で日本はすべての核物質をIAEA(国際原子力機関)に申告、厳重な査察の下においており、違反があれば直ちに国連安保理に報告され、制裁の対象になるのだが、そんなことはお構いなし、感情論だけで大衆受けする議論を振り回す政治家が多い。

 北朝鮮を脅威の対象とみなす日本の世論はいまや既成事実となっている。小泉初訪朝直前の2002年7月、筆者が「北朝鮮は本当に脅威か」と題する連載コラムを電力業界の専門紙に発表したところ読者から抗議が殺到、筆者は執筆陣から降ろされてしまった。

 朝日新聞も例外ではない。本誌の本澤二郎氏が筆者に執筆依頼してきた際の仮のタイトルは「朝日新聞のいう『北朝鮮の脅威』は本物か」というものだったが、朝日新聞も2002年9月17日、金正日総書記が日本人拉致を認めて謝罪して以来、反北朝鮮色を鮮明にし、いわゆる北朝鮮バッシングに同調している。日本政府が北朝鮮の関与濃厚と認定した「10件15人」のうち、「8人死亡、2人入国の事実なし」と発表、日本の世論が怒りと憎しみで激昂、少なからざる読者が同紙講読を止め、読売や産経新聞に乗り換えたという。背に腹は代えられないということであろう。

 一貫して拉致問題を追及して、大々的に報道してきた産経新聞は、まるで鬼のクビをとったように、従来これに懐疑的だった朝日を叩き、両紙の社説を並べて比較させ、自慢した。

 最近の朝日新聞の社説を見れば、同紙の君子豹変ぶりは一目瞭然である。

 「脱北者が絶えないのは、北朝鮮の経済破綻と抑圧的な体制にある。そこに目をつぶって関係国を非難するのはお門違いだ」(2004年9月3日付け)、

 「北朝鮮の核兵器やミサイルに直接さらされている日本国民にとって、その脅威や危険を取り除くことは安全保障の最大の課題である。・・・・この間、北朝鮮の窮状と混乱はより深まった。・・・・脱北者の口から、そして隠し撮りされた映像から、取り残された異様な独裁国家の現実が語られる。金総書記体制の終わりの始まりを感じさせる2年でもあった」(同年9月17日付け)

 「北朝鮮が過去の拉致を謝罪し、日朝関係を正常化させたいと考えるなら、被害者のその後を誠実に調べ、結果を日本側に伝えることが出発点だろう。時間稼ぎのような態度を続ければ、日本国内の経済制裁論が力を増し、それで苦境に追い込まれるのは北朝鮮自身だ」(同年9月29日付け)

 「核開発、拉致問題に対して北朝鮮が不誠実な態度を続け、国際社会を甘くみると、そのとがめはブーメランのように自分に回ってくるだろう」(同年10月22日付け)、

 「経済制裁のダメージを一番受けるのは、ほかならぬ北朝鮮だ。日朝正常化がそれで遠のけば、経済協力も得られなくなる。これまでのような振る舞いでは、ますます自分の首をしめる」(同年11月9日付け)、

 「ミサイル防衛システムには、信頼性にも膨大な費用にも問題がある。それでも北朝鮮の核やミサイルの脅威がある以上、米国とともに開発することまでは否定できない」(同年11月20日付け)

 現時点で朝日新聞は日本単独の経済制裁実施には慎重だが、読売、産経などは経済制裁即時実施の旗振り役をつとめている。

脅威の本質を改めて問う

 米国の政治学者カール・ドイチェの「脅威度測定」モデルによれば、「脅威度」は「政治的距離」に比例し、「政治的距離」は「(カネ、モノ、ヒト、情報、行事、兵器、演習などの)交流の量」に反比例するとされている。

 したがって「交流の量」が大きくなればなるほど「政治的距離」は縮まり、当然のことながら「脅威度」は小さくなる。自明の理だが、岩島久夫氏によれば、米ソ冷戦終結のプロセスでも他の例でも実証されているという。

 日朝関係にもあてはまるが、筆者は日朝間には「脅威感」の方が先行していると思う。たしかに日朝間の「交流」は極端に少ない。「情報」はといえば、意図的・作為的なタレ流しばかりだ。脱北者・亡命者の証言、隠し撮りの映像などで、日本のテレビは「異様な独裁国家」を浮き彫りにし、独裁者・金正日の狂気と妄想を印象づけている。世界の先進国、民主主義国で、一国の最高指導者をこれほど愚弄し、揶揄して報道している国は他にない。個人崇拝を強要した社会主義国としてはソ連と中国が先輩格だが、日本のメディアはスターリンと毛沢東に対しては、それなりの敬意を払っていた。

 ヒトの往来も極端に偏っている。「ヨン様」フィーバーで韓国を訪れる日本人旅行者はことし150万人以上に到達する勢いなのに対し、訪朝する日本人は年間1000人にも満たず、北朝鮮からの来日者は100人に満たない。しかも彼らの一挙手一投足は公安当局の監視対象となる。

 あとは在日朝鮮人の祖国訪問、朝鮮学校生徒の修学旅行などだが、その「在日」は日本社会で白眼視される存在なのだ。拉致の容認と謝罪以来、全国の朝鮮学校学生・生徒、朝鮮総連の施設に加えられたいたずら、嫌がらせ、妨害行為は600件を超える。

 公正と中立のために付け加えると、「政治的距離」の大きさの責任は日本側ばかりにあるわけではない。筆者は通算6回訪朝しているが、滞在中の行動の自由はほとんど存在しない。一般市民との接触は不可能だ。北朝鮮という国が金正日体制維持のために監視と密告で成り立っている情報鎖国、閉鎖国家であることには変わりない。

 その意味では、日朝間にたしかに「脅威度」の基礎は存在するが、「北朝鮮は脅威だ」という先入観、既成概念が何の抵抗もなく、まず日本国民に受け入れられているというのが真相であろう。

 北朝鮮には日本を侵略したり、核攻撃する能力はない。あっても、その結果がどうなるかを冷静に判断できないほど指導者は愚かではない。その辺が日本人には読めないのだ。日本人の大多数が北朝鮮という国をアプリオリに嫌いなのだ。

 明治以来の成り上がり近代国家・日本が近隣の劣等民族として位置づけ、差別を奨励したのが「朝鮮」だった。朝鮮民族に対する蔑視こそが明治の元勲と西洋かぶれのインテリの共通認識だった。その中には最近、国際人として再評価されている新渡戸稲造も含まれる。「ヨン様フィーバー」で韓国に憧れを抱いている日本人が増えた分だけ、北朝鮮に対する憎悪と蔑視感情が増幅しているといえよう。

拉致解明のための日朝交渉は茶番劇

 日朝間の最大の懸案は拉致問題である。一般国民の「脅威感」の源泉は、核・ミサイル開発よりも、むしろ日本人拉致にある。「安否不明」とされる10人の日本人の詳細がいまだに解明されず、北朝鮮側が「死亡」(正確には8名が「死亡」、2人は「入国の記録なし」)と発表しながら、遺骨もない、死亡記録がデタラメで二転三転というのでは家族が納得せず、制裁を叫ぶのも無理はない。何回、実務者協議を重ねても無駄というほかない。家族にしてみれば、北朝鮮は真実を隠している、どこかで生きているに違いない、と思うのは自然の情である。

 筆者が日朝関係筋から得た情報では、安否不明とされる10人のほとんどは秘密漏洩、不服従などで特殊機関が銃殺刑に処し、遺骨は存在しないのだという。極秘裏に殺害した以上、遺品も遺骨も証拠らしいものは何も残さないのが彼らの常套手段で、北朝鮮側はすでに日本政府にこのことを通告ずみで、小泉首相も内々に承知しているという見方もある。

 もちろん、こうした情報も北朝鮮独特の情報操作で、実際は生きているものの内部事情で日本側に引き渡すことができず、「死んでいて、しかも証拠はない」という偽装工作の可能性もある。真相は闇の中というほかない。

 いずれにせよ、拉致解明のための日朝実務者協議なるものは大々的な茶番劇だったことになる。日本側は、世論の圧力で不可能を承知で「証拠を出せ」と迫り、北朝鮮側はやむを得ずあらたな「証拠」を捏造して辻褄あわせをいたものの化けの皮がはがれたというわけだ。

 北朝鮮にしてみれば、金正日総書記が拉致を認め、謝罪したことで一件落着と考えたのだろうが、これが大誤算で、交渉当事者の宋日昊外務省副局長は「こんな筈ではなかった」とほぞをかんでいる。この誤算は日本側にもあてはまり、水面下の交渉で、「拉致を認め、生存者を還してくれれば一年以内に国交正常化する」と非公式に約束していたという。日朝双方にとっての大誤算だったことになる。

 筆者は日朝国交正常化推進論者で、いまも東アジアの平和と安定のために正常化は不可欠であり、朝鮮半島の冷戦構造解消に日本が主体的役割を果たせる好機と考えているが、小泉首相としては、拉致問題の全容解明ができないまま、なしくずしに国交正常化し、大規模経済協力供与と進むわけにはいかないであろう。
 例の朝日新聞が11月末に実施した世論調査でも、(1)「拉致問題についての北朝鮮の対応を評価する」が5%、「評価しない」が89%、(2)「拉致問題に対する日本政府の今の姿勢を評価する」が27%、「評価しない」が60%、(3)北朝鮮に対する今後の対応について、「対話を深める」が26%、「(経済制裁などの)強い態度でのぞむ」が65%、という結果を示している。

日本単独経済制裁の功罪

 筆者は北朝鮮に対する経済制裁には一貫して反対してきた。理由は、?北朝鮮の指導者はことのほか面子にこだわり、「制裁される」という立場におかれることに強烈に反発するので、かえって逆効果になること、?日本単独で制裁しても限定的で、所期の効果をおさめる可能性が低いこと、の2点にある。

 第一段階として与党・自民党が検討している食糧支援の中止は、2004年の北朝鮮農業が豊作だったので、さほどの影響はない。1990年代後半の大水害、旱魃、冷害などでこれまで推定300万の民衆が餓死したと伝えられる中で、党・政府幹部はぜいたくな生活をしており、痛くもかゆくもない。

 日朝貿易は過去2年間に激減、往復で2億5000万ドル程度にとどまっている。これは北朝鮮の総貿易額の8%程度で、中朝貿易の10億ドル、韓朝(南北)貿易の7億ドルに大きく水をあけられている。反面、中韓両国との貿易はむしろ増大傾向にある。

 日本にとって日朝貿易は入超、2003年実績(円換算)で、アサリが62億円、ズワイガニが16億円、ウニ8億円、ハマグリ6億円、マツタケ4億円の順になっている。北朝鮮にとっては貴重な外貨収入だが、日本の零細水産加工業者の被害も大きい。経済制裁というのは自国の関連業界にも影響することを知っておく必要がある。

 在日朝鮮人による祖国送金は、すでに大半が北京、香港、マカオなどに銀行口座を開設して対策を講じているので実害は少ない。むしろ最終段階で、万景峰丸などの船舶入港禁止が導入されれば、在日朝鮮人の祖国訪問が不可能になり、人道上問題が生じる。

 何よりも対北朝鮮経済制裁は、外為法改正も、特定船舶入港禁止法も、「わが国の平和と安全を脅かした場合」にのみ適用するものとされており、拉致問題に対する北朝鮮の対応に不満があるからという理由で援用するのには無理がある。

 しかし、このまま拉致被害者の家族に泣き寝入りを強いるのは忍びない。国民感情としても許しがたいことであろう。筆者は、日朝国交正常化推進の一里塚として、つまり通過儀礼として経済制裁止むなし、という立場である。

 1998年9月、テポドン発射直後、衆参両院は全会一致で北朝鮮非難決議を採択、政府は航空機・船舶の入港禁止、貿易停止、人物往来禁止などの措置をとった。北朝鮮は「経済制裁は宣戦布告と見なす」と警告しているが、このときは何ごとも起こらなかった。政府は一ヵ月ほどで制裁を解除した。いま考えると、国民世論沈静化のためのパフォーマンスだった。

 今回もそれと同様の意味合いしかないであろうが、拉致問題にケリをつけ、正常化交渉を再開し、経済協力実施に向けてのワンステップとして不可避というのが筆者の判断である。

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