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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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北朝鮮
TOP > 北朝鮮 > オバマ政権発足と朝鮮半島情勢≪「軍縮問題」09年2月号≫

2009年1月11日

オバマ政権発足と朝鮮半島情勢≪「軍縮問題」09年2月号≫

オバマ政権への期待高める北朝鮮

朝鮮半島非核化はオバマ政権に持ち越された。12月8日、5カ月ぶりに北京で再開された6者協議は、北朝鮮の核計画申告の内容に対する検証方法をめぐる米朝の対立を克服できず無期休会入りした。検証のために「試料」(サンプル)採取が不可欠とする点で5カ国の立場は一致したが、北朝鮮だけがこれを拒否。このため寧辺の核関連施設の「無能力化」と全核計画の「申告」を柱とする非核化「第二段階」は中途半端なまま終わった。

 

金冠官代表(北朝鮮外務次官)が強硬路線を貫いたのは、北があくまでも核放棄に応じないという意思表示ではない。見返りの経済・エネルギー支援が不十分であるというのは表向きの理由で、核弾頭廃棄を含む「第三段階」以降の外交カードを温存していたいのだ。

 

北朝鮮はオバマ大統領に過剰な期待をかけている。「オバマが就任早々に訪朝して米朝首脳会談で国交正常化が実現する」と予測する朝鮮総連幹部もいるが、それは無理だ。オバマが選挙運動中、「金正日総書記との直接会談で核問題を解決する」と訴えたからだが、最近は「外交の継続性を尊重する」として発言は次第に後退している。

 

オバマ政権にとって朝鮮半島は緊急課題ではない。アフガニスタン、イラク、イラン、パキスタン、グルジア(などをめぐる米ロ関係)の方が政策の優先度からいって、はるかに高い。

 

しかし11月初旬に訪米した李根・北朝鮮外務省米州局長がキッシンジャー元国務長官、ウィリアム・ペリー元国防長官らの訪朝を招待、キッシンジャーは、「(1)オバマ大統領が政府特使として任命し、(2)北が最終的に核廃棄に応じるというのであれば訪朝の用意があると回答した」とニューヨークタイムズが伝えている。実現性は高いとみるべきだ。

 

北朝鮮非核化は歴史上最大の難事業

6者協議合意の「第二段階」完了後の課題は、米側からすれば核兵器の解体・核物質の完全廃棄の検証をともなう確認作業、他方、北朝鮮からすれば米朝平和条約締結による国交正常化、さらに(見返りとしての)軽水炉の供与だ。ただし、「検証をともなう」という点に注目していただきたい。12月の6者協議でも紛糾したように、時間のかかる難事業だ。核実験を行い、核弾頭まで保有した(と称する)国が国際合意の下で全面廃棄に応じた例は過去になく(南アは自主廃棄)、ことによるとオバマ政権(一期目)の4年間一杯かかるかもしれない。北朝鮮が「行動対行動」の「同時行動の原則」に固執しているからだ。軽水炉供与の問題も難題だ。

 

もう一つ、北朝鮮の主張は「北朝鮮の核廃棄」ではなく「朝鮮半島非核化」だが、北が廃棄に応じ、米朝平和条約が結ばれ、米朝関係が正常化すれば問題は解消する。在韓米軍が居残るにしても核装備の必要はなくなるからだ。韓国については、1992年に盧泰愚大統領(当時)が「核不在宣言」を発表したが、北朝鮮は信用していない。グアムや沖縄の米軍基地から常時持ち込み可能だからだ。“敵対”関係の解消が先決なのだ。

 

北の「通米封南」で南北関係は最悪

そうしたなかで、2000年の第1回南北首脳会談以来、順調に推移していた南北関係が悪化、一触即発の緊張状態にある。2008年2月に就任した李明博大統領が過去10年の「太陽(抱擁)政策」を全否定、金大中・盧武鉉両大統領の在任期間を「失われた10年」と評したのだから北が態度を硬化させるのも当然だ。

 

その結果、1998年以来、まず観光船で、次いで陸路で続けられ、延べ200万人が訪問した朝鮮半島随一の景勝地「金剛山観光事業」は、08年7月の韓国人女性観光客射殺事件発生後中断されていたが、完全に中止に追い込まれた。次いで高麗王朝の古都・開城の日帰りツアーも中止に追い込まれた。いまや南北和解と協力の最大の象徴となってきた「開城公団」の操業さえも風前のともし火になっている。

 

北朝鮮当局は、金剛山と開城に駐在してきた韓国政府当局者1200人を追放したのに続いて、南北間の列車運行も陸路の交通もすべて禁止してしまった。金剛山観光事業だけでも過去10年間に5億ドルの外貨収入を北にもたらしたと推定され、事業を独占的に進めてきた「現代グループ」だけでなく、北の損失も大きいが、損得ではなく面子で動くのが北の特徴である。韓国の「反北」NGOが「金正日が脳卒中で倒れた」ことを暴露し、人民が打倒・金正日で立ち上がるよう呼びかけた宣伝ビラを風船につけて北に散布したことに激怒したのだ。

 

すべてのカギを握る金正日の健康状態

北当局は、10月以降、金正日のサッカー試合の観戦、前線兵士の激励、地方の化学工場視察、動物園訪問などのスティール写真を次々に公開し、“元気な姿”を印象づけているが、写真に日付がなく、動画の配信もなく、肉声も伝わってこない。その間、面談した外国人賓客が一人もいない(らしい)ことから、総書記の健康に「異常がある」のは疑いの余地がない。

 

回復状況の判断の差異はあるが、彼が8月14日に脳卒中(おそらく脳梗塞)を発症し、中国人医師団(さらにフランス人医師)の治療を受けたこと、今も病床にあるという点で、北京、ソウル、ワシントンからの情報は一致している。

 

11月末から12月初旬にかけて、回顧録の日本語版(波佐場清訳『南北首脳会談への道』岩波書店)出版を記念して来日した林東源・元韓国統一相は、「韓国国家情報院の情報分析では、順調に回復し、執務に支障はないようだ。後継者は指名せず、あと数年は総書記・国防委員長の職をこなすだろう。金正日引退後は混乱なく集団指導制に移行するだろう」という見通しを語っていた。筆者もほぼ同じ推測をしているが、病状については、誰か外国の賓客に面会し、喋るのを聞くまで断言できない。

 

オバマ政権下で米朝関係が進展するか否かも総書記の健康次第だ。キッシンジャー博士一行が訪朝するにしても金正日との会見実現を条件にするであろうし、総書記が姿を見せないとなれば権力構造が流動的と判断され、米朝交渉も停滞することになる。

 

林東源の回顧録『南北首脳会談への道』は名著・名訳

林東源の回顧録は実に興味がつきない。なによりも金正日が生身の人間として活写されている。2000年6月の金大中訪朝お膳立てのため、林が金正日と息詰まるやりとりをする。金正日は父親(金日成)が眠る錦繍山宮殿参拝を主張して譲ろうとしないが、林はあの手この手で拒否、最後は根負けした金正日があっさり引っ込める。このあたりは金正日の面目躍如たるものがあり、リアリストとしての彼の柔軟性を示している。第二回首脳会談をイルクーツク(ロシア)で開催しようという提案も林が撥ねつけ、南北相互訪問の原則を受け入れさせる。このときも金正日はあっさり引っ込めている。

 

金日成・金正日が決して根っからの反米主義者ではないことも本書から納得できる。金正日は「在韓米軍が引き続き駐留してよい」と認めている。「将来訪米もしたいし、米国と平和裡に共存したい」というのがホンネであり、その文脈からすれば、核開発・核保有は単なる交渉用のカードにすぎず、体制存続の保証が得られれば全面廃棄するという著者の見解は正しい。著者は生前の金日成とも面談しているが、「環境にやさしい電気自動車を研究開発している」という逸話も登場する。林は「人民が食うや食わずなのに」とこの話を批判的に聞きながらも、金日成の先見性には評価している。

 

著者は、韓国駐在大使時代のクリストファー・ヒル(現・6者協議の米首席代表)に、北のホンネや交渉スタイルについて助言している。その後の推移を見ると、ヒルは林の助言を大いに尊重していることがわかる。日本語訳は平易で、懇切丁寧で、わかりやすい。

 

さてどうする日朝国交正常化

日朝関係は膠着状態のままだ。拉致問題の「解決」とは、?拉致被害者全員の生還 ?実行犯引渡し ?〔拉致犯罪〕全容の解明、という三条件を日本政府が変えようとせず、交渉の「入口」においているからだ。12月の6者協議でも、「拉致問題に進展がない」ことを理由に、日本だけが、「無能力化」と「申告」の見返りとして各国が履行した経済・エネルギー支援に一切応じず、これに北が反発、交渉行き詰まりの一因となった。日本が「第二段階」に履行を妨げ、朝鮮半島非核化を阻害しているのだ。

 

日本からすれば「拉致問題解決に向けて“再調査”に応じながら、そのまま棚上げしてしまった」北朝鮮が悪いという理屈になるが、そもそも北にとって日本が望むような「解決」はあり得ないのだ。日本の主張する「解決」三条件が日本の国民世論になってしまっているだけに厄介だ。福田前首相は北との水面下の交渉で“落とし所”をさぐり、在任中に“政治決着”を図ろうとしていたが、9月に政権を投げ出し、宙に浮いてしまった。

 

麻生首相にその気はないし、政権自体が存亡の危機にある。かといって民主党にも表立って対北政策転換を唱える者はいない。北が“再調査”を始めないのも無理からぬところだ。

 

結局、オバマ政権が米朝国交正常化に踏み切るとき、米国に促されて外圧で動くしかないだろう。またしても対米追随の図式が見えてくる。

【宇都宮軍縮研究室『軍縮問題資料』2009年2月号寄稿

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