北朝鮮
2007年10月21日
第2回南北首脳会談の意義
金正日・盧武鉉両首脳は、2007年10月4日、8項目からなる「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」に署名、盧武鉉大統領は訪朝の旅を終えた。この「宣言」は、朝鮮半島非核化、緊張緩和、そのための経済協力について広範な合意を確認しているが、北朝鮮(共和国)が韓国を朝鮮戦争終結宣言のパートナーとして公認した点に最大の意義がある。
宣言は、「南北は軍事的敵対関係を終わらせ、朝鮮半島における緊張の緩和と平和を保障するために緊密の協力していく」として、「三者または四者の首脳が半島で会談する」ことを提唱しているが、三者は南北と米、四者は南北米中を意味し、北が南を同格の当事者と見なしている。
「三者会談」ないしは「四者会談」は1990年代にジュネーブで数回開かれた経緯があるが、その際、北は韓国を交渉当事者と認めず、会談は全く進展しなかった。また「三者会談」の提案では中国を除外している点が注目される。明らかに最大の援助国として影響力行使を狙う中国に対する牽制、極端にいうと「いやがらせ」である。
北が本気で中国を排除する気はないが、韓国を喜ばせ、中国を牽制するなど、なかなかの外交巧者だ。朝鮮戦争は半世紀以上も休戦状態にあるが、これを恒久的平和条約に変え得るのは朝米両国のみであるというのが従来の北の立場だった。北は今回柔軟性を示し、南北米中の四者の枠組みを承認、朝鮮半島非核化を今後この四者で進めていくことを確認した。
この点で、盧武鉉大統領が今回は陸路訪朝し、軍事境界線を徒歩で越えたことには象徴的な意義がある。南北の当事者が大国による祖国分断を否定し、断絶を埋めようとする意思表示だ。同時に、韓国側がNLL(北方限界線)改定を含めて柔軟な態度を示し、西海沿岸水域と南浦周辺地域を「西海平和協力特別地帯」と指定して、共同漁業水域の設定ならびに大規模造船工業団地建設構想を示したことは南北平和統一に向けての着実な歩みとして評価される。
拉致に固執して六者協議の進展をも阻害している日本は、今後ますますカヤの外に置かれることになろう。福田首相は早急に対北政策を転換し、単独制裁を解除するとともに、人道支援を再開すべきである。
【『朝鮮新報』2007年10月19日】
宣言は、「南北は軍事的敵対関係を終わらせ、朝鮮半島における緊張の緩和と平和を保障するために緊密の協力していく」として、「三者または四者の首脳が半島で会談する」ことを提唱しているが、三者は南北と米、四者は南北米中を意味し、北が南を同格の当事者と見なしている。
「三者会談」ないしは「四者会談」は1990年代にジュネーブで数回開かれた経緯があるが、その際、北は韓国を交渉当事者と認めず、会談は全く進展しなかった。また「三者会談」の提案では中国を除外している点が注目される。明らかに最大の援助国として影響力行使を狙う中国に対する牽制、極端にいうと「いやがらせ」である。
北が本気で中国を排除する気はないが、韓国を喜ばせ、中国を牽制するなど、なかなかの外交巧者だ。朝鮮戦争は半世紀以上も休戦状態にあるが、これを恒久的平和条約に変え得るのは朝米両国のみであるというのが従来の北の立場だった。北は今回柔軟性を示し、南北米中の四者の枠組みを承認、朝鮮半島非核化を今後この四者で進めていくことを確認した。
この点で、盧武鉉大統領が今回は陸路訪朝し、軍事境界線を徒歩で越えたことには象徴的な意義がある。南北の当事者が大国による祖国分断を否定し、断絶を埋めようとする意思表示だ。同時に、韓国側がNLL(北方限界線)改定を含めて柔軟な態度を示し、西海沿岸水域と南浦周辺地域を「西海平和協力特別地帯」と指定して、共同漁業水域の設定ならびに大規模造船工業団地建設構想を示したことは南北平和統一に向けての着実な歩みとして評価される。
拉致に固執して六者協議の進展をも阻害している日本は、今後ますますカヤの外に置かれることになろう。福田首相は早急に対北政策を転換し、単独制裁を解除するとともに、人道支援を再開すべきである。
【『朝鮮新報』2007年10月19日】