2008年2月19日
調査捕鯨は中止せよ/鯨肉は日本の伝統的食文化に非ず
過激な反捕鯨団体「シーシェパード」の実力行使で、南極海における日本の調査捕鯨が国際的批判にさらされている。調査捕鯨は、鯨資源の実態調査のためで、日本政府は資源は十分と説明しているが、捕鯨の全面禁止を求める欧米諸国の反発が止むことはない。
1982年に商業捕鯨が全面禁止され、その後も捕鯨を続けているのはノルウェー、アイスランドなどごく一部で、IWC(国際捕鯨委員会)では調査捕鯨の継続に固執する日本は孤立状態にある。日本は、捕鯨は日本の伝統産業であり、鯨肉は日本の伝統的食文化を形成していると主張しているが、それは事実ではない。捕鯨はもはや伝統産業ではなく、鯨肉も日本人の食生活からは縁遠い存在になっている。
鯨肉が日本人にもっとも親しまれたのは、動物性タンパクが不足していた第2次大戦後の一時期(1947−48年)だけで、このときは年間食肉消費量の46%相当、一人当たり600グラムを消費、その後1962年にピークを迎え、一人当たり2.4キログラムを消費した。それ以来減少し続け、現在では0.0グラム、つまり統計上はゼロだ。マグロと違って、鯨肉が食卓から消えて久しいが、日本人は何の痛痒も感じていない。
欧米諸国が捕鯨に反対するのは、クジラがサカナではなく、哺乳動物であり、人間の仲間だという点にある。クジラは野生動物なのだ。欧米人も19世紀まではクジラを殺し、鯨肉を食していたこともあるが、過去は過去、現在の基準で価値判断をする。捕鯨は野蛮だといいながら、家畜を殺して肉を食うことは当然と思っている。自己中心的であることはいうまでもない。しかし捕鯨をしないということが、彼らにとって自然環境保護の延長上にあるのだ。
日本だけが「調査」と称してはるか南氷洋まで遠征して捕鯨を続ける根拠は薄弱だ。国際社会の反対を撥ね返してまで、“捕鯨ナショナリズム”を持ち込む必要はない。日本もノルウェー、アイスランドのように、日本列島周辺に回遊してくるクジラだけを獲る沿岸捕鯨だけを続ければよい。捕鯨問題では、日本がバッシングされ、欧米の価値観に屈服することになると捉えるべきではない。この際、国際協調を重視した方が国益になる。