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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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TOP > その他 > 「東アジア共同体」の理想と現実/ハノイ会議の成果

2006年12月02日

「東アジア共同体」の理想と現実/ハノイ会議の成果

論議を呼んだ「共同体」論議

 本学・北京大学・ヴェトナム学士院北東アジア研究所共催で、9月14−16日ハノイで開かれた「東アジア共同体の課題と展望」と題する学者・研究者の国際会議で、「共同体」の定義がしばし論議になった。

 「共同体」は英語のcommunity の訳語で、本来community とは、生活をともにし、価値観・慣行・制度・組織を共有する住民で構成される地域空間だ。ヒト・モノ・カネ・情報の自由な流れが前提となる。ヒトの往来、たとえば移民労働者の流入が制限されては共同体とはならない。日本はアジアの最貧国から大量の出稼ぎ労働者が流入する事態を覚悟することなしに、安直に共同体推進を唱えるべきではない。今日ヨーロッパの街角に溢れるイスラム教徒を見れば一目瞭然である。トルコのEU(欧州連合)加盟が20年越しで棚上げされているのは、イスラム教国の加盟が「共同体」の性格を根本的に変質させるからだ。

 私は、ヨーロッパの戦後史をひもとき、ベネルックス関税同盟が共同市場つまり「経済」共同体に発展し、次いで政治・安全保障・法制度などの共通政策を包括した「共同体」に到達した経緯を説明し、その基盤には民族・宗教・文化・価値観の共通性が存在していた事実を強調した。「東アジアにはそれがない。内政不干渉を原則とするASEAN(東南アジア諸国連合)も共同体からおよそ縁遠い。東アジアでは域内の民族・宗教・文化があまりに多種多様で、価値観も対立し、経済の発展段階も極端に異なり、所得格差も大きすぎる。向こう50年間、ことによったら100年くらい共同体結成は不可能だ」と私は断言した。

「われわれ意識」の欠如こそ問題

 ソウル大学の李根教授も、「東アジアには"われわれ意識"が欠けている。欧州には"われわれヨーロッパ市民"という共通認識がある。アジアの語源は"非ヨーロッパ"という意味だ。私たちはその意味でアジアに住んでいるが、"東アジア人"という意識はあるか」と反問した。

 李根教授によれば、「とくに日韓両国は国防・安全保障面でアメリカに依存しており、自らを守るための主権を行使できない国と核保有国としてアメリカに対峙している国の国民に"われわれ意識"が生まれる筈はない」というのだ。

 ASEAN諸国の指導者は「われわれASEANとしては」と発言し、共通の利害を対外的に発信することが多いが、域内の一般市民に"われわれASEAN諸国民"という意識はまだ生まれていない。

 これに対して、「東アジア共同体」結成に意欲的なASEAN諸国の学者から一斉に反論が出た。「全世界を表現するのに"国際社会"というが、英語では international community だ。ヨーロッパ以外にも、南米に"アンデス共同体"、南太平洋に"太平洋共同体"がすでに存在する。広義の共同体はさまざまな場で使用されている」というのだ。

 問題は名称ではなく、実体である。域内諸国の住民に"われわれ意識"がなければ、名称は何であれ、実体のないものになる。経済の相互依存関係がいくら進んでも、政治的・文化的にバラバラのままでは地域統合は進まない。

「アジア的価値観」とは何か

 いささか突拍子だったが、興味深かったのは、チュラロンコン大学(タイ)のパイサル教授のアジア的価値観による「東アジア共同体」構想だった。

 彼はいう。「世界を席巻しているのは物質万能の西欧文明で、消費と廃棄を奨励する米欧の価値体系だが、これが人類の生存を危険に導き、地球を存亡の危機に陥れている。弱肉強食、適者生存を是とするダーウィンの進化論が冷戦構造崩壊後、資本主義の指導原理としてグロバリゼーションの名の下に世界に蔓延し、人間を堕落させている」。

 「これに対しアジアには、謙譲、質素、倹約を美徳して、自然との共生に人間の幸福を追求する真のヒューマニズムが存在する。今こそアジア的価値を見直して、アジア人による共同体を模索すべきだ」とパイサル教授は力説した。

 私も賛意を表したが、「30分以上もアメリカ人が発明したコンピューターのパワーポイントを駆使して、滔滔と西欧思想の普及に一役買ったアングロサクソンの母語である英語で論じるのは矛盾ではないか」と水を差したところ、彼は大真面目で「今回の会議では英語が共用語として採用されていたので便宜的に英語を使ったが、東アジア共同体の公用語は中国語がよいだろう。私は中国を喋れないが、そうなったら一から学び直すつもりだ」と認めた。

 唯一のアメリカ人学者としてハノイ会議に参加した学界の長老、おん年87歳のロバート・スカラピーノ教授は私にささやいた。「中国語といっても一様ではない。毛沢東の中国語は北京でほとんど通用しなかった。一体どの中国語を公用語にするのか。それに中国本土、台湾、日本で使用している漢字はみな違う。ヴェトナムは19世紀に、朝鮮・韓国は第2次大戦後、漢字を全廃してしまったではないか」。

 ちなみに、EUには共通語は存在しない。加盟国の国語がすべて公用語で、会議では加盟国の言葉なら何語で発言してもいいことになっている。発足当初はフランス語が共通語として圧倒的な影響力を誇っていたが、1973年イギリスのEEC(欧州共同体)加盟を機に英語が主流となり、現在はほとんどの代表が英語で発言し、討論している。しかし文書はすべての加盟国の言葉に翻訳され、配布され、保存されている。

 将来、おそらく遠い将来、東アジア共同体も同じ方式を採用したらよいと思う。それまでには自動翻訳機械も発達し、いちいち同時通訳の手を煩わさなくても済むようになるだろう。英語は便宜上の共通語と割り切るほかない。インドでもヒンディー語とともに英語公用語となっているが、実際には英語が事実上の「国語」になっている。多民族国家の悩みである。

 国連では英語、フランス語、ロシア語、中国、スペイン語、(のちに)アラビア語が公用語と指定されている。前4者はいずれも安保理常任理事国の母国語だ。スペイン、アラビア語は、国語としている加盟国の数(「人口」ではない)が多いことから格別の配慮で加えられた。しかし事務局の作業用語(working language)は英語とフランス語ということになっている。

 ヴェトナムの首都ハノイでも、あちこちに英語塾が軒を並べていた。インドシナ3国はフランスの植民地だったが、フランス語はすっかり影をひそめ、ほとんど通じなくなっている。ホーチミン市(旧サイゴン)は「東洋のパリ」と言われ、フランス風の街並みの美しい都市だったが、いまはモーターバイクの騒音が響きわたり、市民は金もうけに余念がない。

 問題はパイサル教授の発想と思想だが、はたして「アジア的価値観」を共通の指導理念として打ち出せるだろうか。これが「東アジア共同体」形成のカギを握っていることは間違いない。

【大阪経済法科大学アジア研究所刊『東アジア研究』2006年第46号】

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