2006年12月01日
日本の「人間開発」度は世界7位
最近はほぼ毎回、核不拡散問題を論じているので、今回は「人間開発」を取り上げる。 都市生活のライフラインとして何か不可欠かと問えば、本紙読者は電気と答えるだろうが、グローバルな視点からいえば下水道だ。国連の調査によれば、サハラ以南のアフリカと南アジアの世界の最貧地域では、下水道完備の都市生活を送れる住民は全体の3分の1にも満たない。下水道の不備が疫病の蔓延、つまり短命の原因になっている。
19世紀のフランスの作家ヴィクトル・ユーゴーは下水道を「パリの良心」と呼んだ。ユーゴーの時代のパリにはまだ電気がなかったが、パリの都市設計をしたオスマン男爵は下水道設備を整えた。古代ローマにはすでに上水道が存在していた。水こそ人間にとっての命綱だ。
21世紀は「水の世紀」だという。地球上から水が枯渇するというのだ。エネルギーや食糧よりも水の枯渇が世界最大の危機であり、「人間開発」を阻害するとUNDP(国連開発計画)が警告している。UNDPは地味ながら実績が高く評価されている国連機関だ。
「人間開発」というのは、1990年にUNDPが打ち出した新概念だ。「人間の安全保障」も同様。UNDPが1994年の年次報告の中で、従来の国家安全保障に代わって、個々の人間を基準に据え、疫病、失業、災害、戦争、その他の環境破壊から人間生活が保証されていることが必要であり、国家はこれを保証しなければならないとするパラダイムだ。
日本政府はこれに飛びつき、小渕首相が日本外交の基軸に据え、「人間の安全保障」基金を国連に設けた。現在までに3億ドルを寄託している。日本が横取りしたようなものだが、UNDPにすれば日本のおかげで予算がつき、途上国のエイズ退治や下水道建設が実現したのだから、結構な話だ。
「人間開発」は、自由競争と大型プロジェクト中心の従来の国家単位の経済開発がトリックルダウン効果で貧富の差の解消に役立つという仮説が覆り、貧困層を拡大した結果、人間中心の開発を重視しようというもので、医療保健、福祉、教育の充実度に力点をおいている。
このためUNDPは、1990年以来、世界各国の平均寿命、教育水準、購買力表示の一人当たりの平均所得などを合成した「人間開発指標」を作成、順位をつけて発表している。これは「人間開発」の到達段階をきわめてバランスよく数値化し、国民生活の充実度を客観的に表示している。一時期、ブータン国王が提唱したGNH(Gross National Happiness 国民総幸福度)という指標が話題となったが、「幸福」というのは主観的概念で、数字で表示できるものではない。「所得が低くても人間は幸福であり得る」というアンチ・テーゼを打ち出した意義はあるが、ブータンが世界一幸福な国とは誰も思うまい。
UNDP報告では日本の「人間開発指標」は世界第7位。昨年は11位だった。今年の順位は? ノルウェー ?アイスランド ?オーストラリア ?アイルランド ?スウェーデン ?カナダ ?日本 ?米国 ?スイス ?オランダ。日本は男女平均寿命83歳で世界の最長寿国だが、人口稠密なため一人当たりの所得で劣る。
11位以下は、フィンランド、ルクセンブルク、ベルギー、オーストリア、デンマーク、フランス、イタリア、英国、スペイン、ニュージーランドと続く。先進国ばかりだ。ロシアは65位。中国は81位。インドは126位。ちなみに平均寿命64歳のブータンは135位。
UNDPは、ほかにも乳幼児死亡率、栄養不良児の比率、識字率、男女の就学率差別、浄化水へのアクセスの可能性などを指標化した国別ランクも発表しているが、先進国と途上国の格差拡大が目立つ。2000年のMDG(国連ミレニアム開発目標)は霞むばかりだ。
【『電気新聞』2006年12月1日付「時評」ウェーブ欄】