2008年1月13日
世界が注目するパキスタン
――民主化と対テロ戦争は両立しない
ブット元首相暗殺でパキスタンの民主主義が試練にさらされている。暗殺後の混乱を避けるために、1月8日に予定されていた総選挙は2月18日に延期されたが、結果次第で不安定化が増すかもしれない。なにしろ核弾頭を50個以上保有しているとされる核保有国だけに国際社会も安閑とはしていられない。混乱が軍部に波及してテロリストの手に渡りでもしたら一大事だからだ。
今回の危機は、軍人出身のムシャラフ大統領が政権居すわりのために手練手管を弄し、軍事独裁色を強めたのに対し、米国が民主主義擁護のために、国外に亡命していたブット、シャリフの両元首相を帰国させ、形の上でオープンな総選挙を実施させてパキスタンの民主主義を守ろうとした矢先にブット暗殺が起きたために深刻化した。
ブット氏は、1970年代にパキスタンの核開発を進めたズルフィカル・アリ・ブット大統領(のち首相)の長女で、父親の失脚と処刑のあとイスラム圏初の女性首相として88年政権の座についたものの夫のザルダリ氏がかかわる汚職と腐敗で失脚、後継首相となったのがシャリフだった。ブットは親米で、しかも民衆の根強い支持があっただけに米国の目算は大外れだ。
ムシャラフ大統領は、暗殺は自爆テロの仕業で、背後にイスラム原理主義勢力アルカーイダがあるとしているが、死因をめぐっては政府権力関与の疑惑も残り、政情不安の原因になっている。
故ブットが率いるPPP(パキスタン人民党)は、後継者に夫のザルダリと長男の大学生ビラワル・ブットを選出したが、弔い合戦で選挙で大勝するようなことになると、ムシャラフ大統領との対立が先鋭化、多数派になれなければならないで政局が不安定化する可能性がある。どっちに転んでもパキスタンの先行きは明るくない。
パキスタンは、アルカーイダが本拠を構えるアフガニスタンと陸続きで、両国の国境地帯はパシュトゥン人が自由に往来し、イスラム原理主義勢力タリバンの後背基地になっている。タリバン制圧をめざす米軍としては、国境地帯のテロ勢力の取締りと治安維持にパキスタン軍部の協力が欠かせない。
ブッシュ政権としては、「テロとの戦い」を進める上でムシャラフ政権のテコ入れを続け、軍事援助も断つわけにはいかない事情がそこにあるが、それだけパキスタンの民主主義は後退することになる。
問題はムシャラフ政権が国民にきわめて不人気なことだ。一説には、ムシャラフ政権を支える軍部内部にもイスラム原理主義者が食い込んでいるという。そうなると、軍部が管理している核兵器はもとより、ウラン、プルトニウムという核物質の管理も心もとなくなってくる。
パキスタンは「核の闇市場」の存在で悪名を馳せた国だ。張本人のA.Q.カーン博士は軟禁状態におかれ、病状も悪化しているといわれているが、国内には、少なくともウラン濃縮施設4ヵ所、プルトニウム再処理工場2ヵ所の存在が知られている。パキスタンはNPT(核拡散防止条約)に加盟しておらず、国内の核施設はIAEA(国際原子力機関)の査察もかかっていないので、管理がどうなっているかも定かではない。不安材料は尽きない。
米外交専門誌『フォーリン・ポリシー』は、すでに昨年8月、内外の専門家108人を対象としたアンケート結果を掲載、そのうちの91%が「世界はこれからますます危険になる」と予測、最も危険な地域としてパキスタンを挙げ、ムシャラフ政権の脆弱性をつとに指摘していた。
専門家たちは、?次にテロリストの拠点になると思われる国、?核技術がテロリストに渡りそうな国、?米国の安全を脅かす国として、イラン、北朝鮮を尻目に、どの項目でもパキスタンをトップに挙げていた。そのとおりに推移しているわけだ。
それにしても米国は身勝手だ。民主主義が自由と人権を保障する最も進んだ統治形態であることには何びとも否定しないとして、これを他国・他民族に強要するところから無理が生じる。民度の低い(という表現には語弊があるが、)途上国に民主主義を強要すると政治的混乱を招きやすい。すると、米国は強権発動の軍事政権を担ぎ出す。パキスタンがまさにいい例だ。ブッシュ政権は、9・11同時多発テロのあと、1998年の核実験いらい発動していた経済制裁をいち早く解除し、ムシャラフ政権支援にまわり、軍事援助を再開した。
そもそもパキスタンの核開発を黙認し、促進させたのは、インドとの対抗上、米中が支援したからだ。「敵の敵は味方」とばかりに、影響力強化のための「パワーゲームの相手として競って技術援助したからだ。いま、そのツケがまわっているのだ。
米国はそのムシャラフ大統領の強権発動に目をつぶりながら民主化を迫っている。自己矛盾も甚だしい。同盟国日本がこれに追随しているばかりでは能がない。経済成長著しいインドにばかり注目しないで、隣国パキスタンの苦悩と矛盾にもっと関心を払うべきだ。
【『世界日報』サンデービューポイント2008年1月13日付】