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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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  • 入会申込書
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教育・文化
TOP > 教育・文化 > 世界遺産ブームを問い直す

2007年7月22日

世界遺産ブームを問い直す

 島根県の石見銀山の遺跡がユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界遺産」に登録されることになり、文化庁も地元の関係者も"逆転勝利"とばかりに欣喜雀躍した。ユネスコの世界遺産委員会の諮問機関「イコモス」(国際記念物遺跡会議)から、条件を十分に満たしていないとして、事前に「登録延期」の勧告を受けていたからだ。

 石見銀山は、中世から近代にかけて、銀の産出で世界的に名を馳せ、欧州に出回っていた銀の総量の3分の1を占めていたとされるが、遺跡はその普遍性を裏づける根拠が乏しいというのが登録延期の理由だった。そこで、文化庁と地元は補足説明の資料を作成して、「イコモス」委員とユネスコ関係者に猛烈な働きかけをしたようだ。欣喜雀躍はそのせいで、テレビも早朝からトップニュースで伝え、伊吹文科相までが歓迎の談話を発表した。

 今回の登録決定で日本国内のユネスコ認定「世界遺産」は14カ所になった。大別すると文化遺産、自然遺産、双方を兼ね備えた複合遺産の3種類があり、日本の「世界遺産」は次のとおりだ。1)知床(北海道)、2)白神山地(青森、秋田)、3)日光の社寺I(栃木)、4)白川郷・五箇山の合掌造り(岐阜)、5)京都の文化財 、6)奈良の文化財、7)法隆寺(奈良)、8)熊野古道(和歌山)、9)姫路城(兵庫)、10)石見銀山(島根)、11)原爆ドーム(広島)、12)厳島神社(広島)、13)屋久島(鹿児島)、14)琉球王国のグスク(沖縄)。さらに富士山や平泉の中尊寺など8件が登録目指して待機中である。

 水を差すわけではないが、日本人はなぜ「世界遺産」認定をそんなにありがたがるのだろうか。ユネスコに認定してもらったというだけで観光客が殺到し、地域振興に役立つからというのは、「遺産」登録の本来の趣旨には反するものだ。

 「世界遺産」に登録されると、文化財の保全と自然保護を義務づけられる。つまり観光客が殺到し、観光資本が進出することは環境破壊につながり、本来の目的に反するのだ。たとえば白川郷などは観光客激増で生粋の地元住民は迷惑しているという。2004年に登録された熊野古道は過去3年間に観光客が飛躍的に増えて年間15万人に達し、おかげでゴミの集積がおびただしいという。

 旅行代理店に訊くと、国内はもとより、海外旅行の客寄せでも「世界遺産めぐり」がダントツの人気を博しているという。各国の「世界遺産」紹介のテレビ番組がブームに拍車をかけているようだ。まさにユネスコさまさまである。国連(ユネスコも国連専門機関)のお墨つきをこれほどありがたがる国民は世界に類をみない。

 そもそもユネスコが「世界遺産」認定を思いついたのは、1960年代にナイル川上流のアスワン・ハイ・ダム建設で、アブシンベル大神殿をはじめとする古代ヌビアの遺跡が水没する危機に瀕した際に、60カ国の国際協力を得て遺跡の保存に成功した経験を生かして、放置すれば消滅の運命をたどりかねない世界各地の自然を守り、人類遺産を保存しようというキャンペーンを展開したことにある。

 1972年には「世界遺産条約」がユネスコ総会で全会一致で採択され、70年代後半から公式認定が始まったが、日本政府も国民も当初は全く無関心で、日本が同条約を批准し、加盟したのは、20年後の1992年だった。

 今回の石見銀山登録と同時に、シドニーのオペラハウスなども登録され、全世界の「世界遺産」は851カ所になったが、認定され、登録されると、環境との調和をはかり、永久保存の義務を負う。観光資本の進出による乱開発は戒める必要がある。自力で保存できる先進国よりも、資金難の途上国の「遺産」を国際協力で保護することが本来の目的である。

 ところが日本の場合、ユネスコのお墨つきを得てひと儲けしよう地元の業者、あるいはそれに便乗しようという観光業界の不純な動機がとりわけ顕著なようだ。しかし「世界遺産」のリストに載ったというだけで、国際社会に認知され、値打ちが高まったと思い込む日本人の錯覚にこそ問題がある。

 最後に、ひとこと日本を弁護しよう。「世界遺産」851カ所のうち、文化遺産が4分の3で圧倒的に多いが、国別の順位では、1)イタリア(41カ所)、 2)スペイン(40カ所)、3)中国(35カ所)、4)ドイツ(32カ所)、5)フランス(31カ所)、6)英国(28カ所)7)ロシア(23カ所)と続き、欧州だけで403カ所、全体のほぼ半数を占めている。さらに歴史的に比較的若い国であるにもかかわらず、米国が19カ所、カナダが13カ所で、全体として欧米中心の指定・登録になっている。これも本来の趣旨に反する。ユネスコもイコモスも欧米系の職員・委員が圧倒的に多く、我田引水の様相を呈している。

 世界の4大文明のうち、黄河(中国)、インダス(インド)、メソポタミア(イラク)の3代文明がアジアに発し、4大宗教(キリスト、イスラム、ヒンズー、仏教)のすべてがアジアから生まれているにもかかわらず、「世界遺産」としては184カ所しか登録されておらず、いささかバランスを欠いている。

【『世界日報』2007年7月22日サンデービューポイント】

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