2008年8月13日
転換期を迎えるイランの核危機
現在、世界最大の危機はイランの核開発であり、北朝鮮ではない。北朝鮮の狙いは体制維持にあり、すでにプルトニウム生産は止まっている。他方イランは規模を拡大しながら着々とウラン濃縮を続け、これに対しイスラエルは空爆も辞さずの構えで軍事演習を続け、イランもミサイル発射実験を行なうなど臨戦態勢で緊張を高めているからだ。
イランは石油埋蔵量でも天然ガスでも世界第2位の資源大国。イランがイスラエルと交戦するだけでも世界経済は混乱するが、イランはホルムズ海峡を封鎖して、クウェート、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦からの原油搬送を阻止すると警告しており、そうなれば全世界が大混乱に陥る。日本経済は壊滅的打撃を蒙ることになろう。
そもそもイランはなぜ核開発をしているのか。イランも加盟しているNPT(核不拡散条約)は「原子力平和利用の権利」を認めており、これをタテにとって「平和利用のために核燃料生産」だとしているのだが、豊富な産油国がなぜ原子力発電を急ぐのか疑問なしとしない。イランは「日本に認められているのになぜわが国には許されないのか」と反論しているが、現在イランには一基の発電用原子炉も稼動しておらず、ウラン濃縮だけが先行しているのは不自然だ。
イラン中部のナタンツには現在3500基のウラン濃縮用遠心分離器が存在し、これを今年中に5000―6000基にする計画を進めている。しかも従来のP1型を改良したP2型を増設しており、そうなると1年に広島型原爆5個分の濃縮ウランが生産される計算になる。IAEAの専門家によると、核弾頭用の高濃縮ウラン生産には3年から5年かかるというのだが、イスラエル当局は来年中には一部の高濃縮化が完了し、脅威は現実のものになると警告している。
このため、イスラエルは米国の反対を押し切ってもナタンツを空爆し、濃縮施設を灰燼に帰する決意を固めているといわれている。イスラエルには“実績”がある。1981年にはバクダッド郊外のイラクの研究用原子炉を空爆して破壊したのに続いて、昨年9月には北朝鮮の支援でシリアに建設中という原子炉を空爆した。シリア政府は、原子炉だったことも北朝鮮の関与も全面的に否定し、ただちに更地にしてしまったので真相は“藪の中”だが、イスラエルは自国が核保有していることを棚に上げて、アラブ諸国の核保有は絶対に容認しない方針で、これが緊張の原因になっている。
イスラエルはアラブ諸国に包囲され、過去3回、戦火を交えて国家存亡の危機に直面しているだけに自国の安全保障のために核保有したのだが、米国がこれを黙認しながら、アラブ諸国の核開発を阻止する方針を貫いていることに根本的矛盾がある。
このため、一時はイラクやリビアが核開発に走ったものの、イラクのフセイン政権は大量破壊兵器(核・生物化学兵器)をすべて廃棄したにもかかわらず米国の介入を招いて崩壊、リビアのカダフィ政権は体制存続と引き換えに自発的廃棄に応じて一件落着となった。これに対し、公然と挑戦しているのがイランのアフマディネジャド政権だ。同大統領は「イスラエルを地中海に突き落とせ」などと物騒な発言をしてイスラエルを挑発しているから始末が悪い。
アフマディネジャド大統領は、テヘラン市長として低所得者層に受ける政策で人気を博し、2005年に大統領に当選した超保守派だが、イランは政教一致のイスラム原理主義国家。最高指導者のハメネイ師も核開発推進論者なので、来年再選をめざす同大統領が失脚してもイランが核開発を放棄するわけではない。ただしハタミ、ラフサンジャニらの穏健派指導者が復活して実権を握れば、妥協をさぐる動きが活発化するだろう。
国際社会も無関心だったわけではない。国連安保理は過去3回、対イラン制裁決議案を採択、金融・貿易で締めつけを強化してきたが、ロシア、中国の反対で強硬な制裁は打ち出せず、成果を挙げていない。
そうしたなかで、注目されるのが米国の動向だ。ブッシュ大統領は退任間際になって対話路線を打ち出し、北朝鮮に対する妥協に続いて、イランに対しても柔軟な動きを見せている。先月ジュネーブで開催された協議には、1980年に両国が断交して以来、初めて公式にバーンズ国務次官が出席、合意には至らなかったが、対話が復活した。この協議は、安保理常任理事国5カ国とドイツ、さらにEU(欧州連合)代表が加わって断続的に開催され、危機回避の唯一の安全弁となっているもので、米欧側はウラン濃縮計画の拡大凍結の見返りに軽水炉供与をはじめ原子力平和利用への協力を申し出た。イラン側は8月2日までという回答期限は無視したが、米国の柔軟姿勢は評価している。
北朝鮮とイランの共通点は、両国とも米国を念頭において核開発を外交カードとして利用していることだ。米国は、イランにイスラム原理主義政権が出現、テヘランの米大使館が占拠されたのを機に断交、28年間“敵対”関係にあり、北朝鮮と同様にテロ支援国家、さらに“悪の枢軸”の烙印を押してきたが、本音では関係改善、国交正常化したくて仕方ないのだ。
イランの場合、米国としても、イラクのシーア派支援の自粛、パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラの両イスラム原理主義武装勢力への支援中止に繋がれば、まさに“渡りに船”だ。今後の動きが注目される。
【『世界日報』2008年8月10日付サンデービューポイント】