2009年7月23日
ラクイラ・サミットの成果と天野次期IAEA事務局長当選<世界日報>
「核兵器のない世界」に向けて
世界は核廃絶に向けて着実な一歩を進めた。ゴールは遠いが、人類が核戦争で滅亡する可能性を自ら減らす努力をはじめたことに意義がある。
イタリア中部の地震被災地ラクイラで開催されたG8サミット(主要国首脳会議)は「核兵器のない世界に向けた状況を作ることを約束する」とした首脳声明を発表し、CTBT(包括的核実験禁止条約)の早期発効、カットオフ(兵器用核物質生産禁止)条約の早期締結などで努力することで合意した。来年3月、「核テロ対策サミット」のワシントン開催も決まった。
しかし、この合意には中国が参加していない。また北朝鮮の核実験を非難し、イランの核開発に懸念を表明したものの、両国の動きを阻止できる保証はない。オバマ政権は日韓両国防衛のために「核の傘」を含む拡大抑止を保証している。同盟国を守るためには核兵器使用も辞さずという政策だ。矛盾ではあるが、そこにオバマの現実主義がある。
ラクイラ合意は、オバマ大統領の4月のプラハ演説の延長上にある。プラハでオバマ氏は米大統領として初めて「核兵器のない世界」実現に向けての努力を表明したが、実現までには少なくとも数十年を要するだろう。
核廃絶の実現には、既存の核兵器保有国の「核軍縮」と核保有国が増えないようにする「核不拡散」という二つの道筋がある。
前者は、米ロ両核大国の大幅核削減が不可欠だ。オバマ・メドヴェージェフ両大統領は、ラクイラ・サミットに先立ってモスクワで首脳会談を開き、双方が戦略核弾頭を最大限1500個にまで減らすことで合意した。米ロが1万個近い核弾頭を保有している現状からすれば大幅削減だが、英仏中という既存の他の核兵器国を核軍縮交渉に引き込むにはまだ一ケタ多い。米ロの核削減は向こう10年間の宿題とされているから、英仏中が加わるのは、そのあとになる。英仏中の3国の核弾頭はせいぜい500ないし600個と推定されている。
核不拡散をめぐる課題
次に「核不拡散」を担保する枠組みとしてはNPT(核拡散防止条約)が存在し、条約加盟の非核兵器国(日本を含む185カ国が加盟)は、核物質を扱う全施設をIAEA(国際原子力機関)の「保障措置」(セーフガード)の下におかねばならない。「保障措置」というのは、「(IAEAが)平和利用を保証する」という意味で、新聞用語では「核査察」と呼ばれているものだ。
日本は、青森県六ケ所村をはじめ非核兵器国としては世界最大の原子力関連施設を有する国で、20人以上のIAEA査察官が常駐している。日本は「原子力基本法」ですべての核物質(ウラン、プルトニウム)を平和目的にのみ利用することを誓約し、「非核三原則」(核兵器を持たず、造らず、持ち込ませず)を国是としているが、それだけでは信用されないのが「国としての不徳」のいたすところで、IAEAに証明してもらっているわけだ。
ちなみに「非核三原則」の三番目は事実上守られておらず、核搭載の米艦船の寄港容認の日米密約が存在していたことが最近あいついで日本側でも暴露されている。当然である。米軍がいちいち核弾頭を積み下ろして日本の基地に寄港する筈がない。ライシャワー発言、ラロック証言などですでに米側からは公表されていた。
天野之弥氏、次期IAEA事務局長就任の意義/核廃絶とは無関係
そうした中で、今月(7月)初め、天野之弥大使がIAEA理事会選挙で、11月に退任するエルバラダイ事務局長の後任に選出されたのは快挙だった。
国連機関のトップの座に常時、最低ひとりの日本人を確保すること、とくに原子力平和利用のシンボルであるIAEA事務局トップに日本人を据えることは外務省にとって30年来の悲願だったからだ。
国連機関のトップの座には現在、松浦晃一郎氏がパリに本部のあるユネスコ(国連教育科学文化機関)事務局長の任にあるが、同氏も11月に退任する。その意味で、場所(IAEA事務局所在地はウィーン)は異なるが、日本人が引きつづき一人居座ることになる。
もうひとつは、日本は一度IAEA事務局長のポストを狙って失敗しているからだ。原子力工学の専門家で米国留学の経験もある今井隆吉氏が1981年の選挙に立候補し善戦したが当選に必要な3分の2を獲得できず、ダークホースとしてスウェーデンから立候補したハンス・ブリクス(元外相)に勝利をさらわれ、苦杯をなめたのだ。
天野氏は「世界唯一の被爆国からきた」と自己紹介したが、語弊を招く表現だ。天野当選を祝したメディアの報道に、「天野次期事務局長の下で核軍縮が進み、世界が核廃絶に向かうことを期待する」というのがあったが、これは見当違いだ。IAEAと核軍縮・核廃絶は何の関係もないからだ。
IAEAの目的は「原子力平和利用の促進」であり、そのための「保障措置(査察)の適用」が主たる事業である。1986年のチェルノブイリ事故いらい、「原発の安全」が加わり、新しい部局も設けられたが、今日なお「保障措置が主たる事業」であることに変わりはない。しいていえば「核不拡散を支えている縁の下の力持ち」というところである。
【『世界日報』2009年7月19日付「サンデービューポイント」】