2005年12月08日
今年のノーベル平和賞をめぐる誤解と「エルバラダイ構想」への対応
IAEA(国際原子力機関)とエルバラダイ事務局長に対する今年のノーベル平和賞授賞は、日本国内に二つの誤解を広めた。一つは、IAEAが世界平和に直接、何かの貢献をしたかのごとき錯覚であり、もう一つは、IAEAが核軍縮と核廃絶を目指す機関だという思い込みである。答えはいずれもNOだ。
IAEAは、1953年アイゼンハワー米大統領の「平和のための原子力」(atoms for peace)提案に基づいて創設された「原子力平和利用推進のための機関」である。原子炉燃料のウランとプルトニウムが核弾頭の材料でもあるため、現地査察を含めた検証手段で平和利用をセーフガード(保障)するというのがIAEAの主たる活動である。途上国への放射線技術供与、原発安全の国際協力なども業務としては存在するが、付随的任務に過ぎない。事務局長は前任者のブリクス(スウェーデン元外相)、現職のエルバラダイと国際法学者が2代続いたが、1000人近い専門職員はほとんど原子力業界からの出向者で占められている。
米国は戦後、核の独占を狙ったが、1949年の核実験成功でソ連が追従してくるのを知り、原子力産業の育成と普及が核拡散防止に役立つと判断して政策転換、その際、米国が考案したのが「保障措置制度」(セーフガード・システム)である。1957年のIAEA発足当初の査察官はすべて米国人だった。日本はせっせと「原子力留学生」を出向させて査察・検証手段を習得させた。
「原発推進機関」のIAEAと世界平和の接点は、中国の「核クラブ」入り後の1970年に発効したNPT(核拡散防止条約)により、核開発阻止が世界の関心事になって以来だ。それでもインド、パキスタン、イスラエルはNPT非加盟の核保有国として黙認され、北朝鮮は脱退、イランの核開発には歯止めがかからず、さらにA.Q.カーン博士の「核の闇市場」の存在も明るみに出て、現在NPT体制は空洞化している。
IAEAはNPT公認の核保有国(米、ロ、英、仏、中)以外の加盟国の原子力平和利用を「保障」するとともに兵器への転用を監視する役目を負っているが、強制力がなく、秘密核開発摘発の決め手にはなっていない。ブッシュ米政権は密貿易船の海上臨検を強行するPSI(拡散安全保障構想)という独自の対抗手段を導入、IAEAは脇役に追いやられている。
そうした中で、ノーベル平和賞委員会が注目したのが、イラク戦争に先立つ国連安保理公聴会で、「フセイン政権が核兵器を隠匿している証拠はない」と断言、ブッシュ政権に立ちはだかったエルバラダイ氏の"気骨"だった。米国は同氏の事務局長3選出馬阻止を画策したが、小泉流の"刺客"を送るには至らず、今年のIAEA総会は全会一致で3選を承認した。ノーベル賞は"西欧の良識"がエルバラダイ氏に贈ったエールだ。
ノーベル賞委員会は、授賞対象に適任者が見当たらないと、格別の成果をあげていなくても国連機関に授与して激励する効能を自覚しているようだ。ユニセフ(国連児童基金)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に続いて、2001年には国連とアナン事務総長が受賞した。
このときも、9・11同時テロに見舞われた米国は個別的自衛権の発動としてアフガニスタンのタリバン政権打倒の軍事作戦を展開中で、国連安保理は事実上カヤの外に置かれていた。平和賞は国連の本来の機能回復に向けてアナン氏に対する叱咤激励と受け取られた。
IAEAは核軍縮と核廃絶とは無関係である。しかし「核不拡散体制維持に果たしている役割は計り知れないほど重要」という授賞理由からも明らかなように、単に査察の実施以上の期待が寄せられていることは事実だ。その裏づけの一例に「エルバラダイ構想」がある。これは、ウラン濃縮・再処理施設の新規建設を関係国に凍結させる代わりに、多国間管理の下でIAEAが核燃料の供給を保証し、核不拡散強化に貢献しようというものだ。
同時期に同趣旨の提案をしたブッシュ構想は規制色が強く途上国に不評だったが、使用済み核燃料の国際管理を含めて、平和利用推進に重点をおいているエルバラダイ構想は徐々に浸透し、米国も支持に回り、英仏ロも賛成している。
青森県六ヶ所村に濃縮・再処理施設を建設し、独自の核燃料サイクル確立を目指す日本は、当初、新規建設の凍結を唱えるエルバラダイ構想に反対していたが、最近、方針転換して支持を決めた。日本の計画が支持される見通しが立ったからだ。アジア太平洋地域の平和利用促進に六ヶ所村の諸施設が将来果たしうる役割は大きい。エルバラダイ構想の実現に協力することこそ彼のノーベル平和賞受賞の意義を生かすことになると私は確信する。
【『朝日新聞』2005年12月8日付け夕刊「文化欄」】