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プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

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北朝鮮
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2006年9月01日

”暴挙”が”大勝利”に化けた日本の国連外交

「制裁」は絶対に譲れない一線だった筈
 本誌先月号の原稿しめきりが7月11日だったため、先月号の筆者の寄稿では北朝鮮ミサイル発射の跡始末を見届けられなかった。今月はまず国連安保理の討議を振りかえり、今後の展望を述べよう。

 日本政府はミサイル発射に備えて対策本部を設け、万全を期していた。骨子は、(1)日米連携で国連安保理で「制裁」決議案を通す、(2)日本単独の制裁措置を打ち出す、(3)MD(ミサイル防衛網)構想に基づく迎撃ミサイル配備を急ぐことだった。

 7月5日(日本時間)未明から夕刻にかけて"待望"のミサイルが7発発射された。第一発が午前3時30分、午後5時には情勢分析会議が、次いで午前7時30分には安倍官房長官の陣頭指揮下で、麻生外相、額賀防衛庁長官ら関係閣僚全員が出席して安全保障会議が官邸で開かれ、右に述べた基本方針を確認した。新潟港沖に停泊中の「万景峰号92」の接岸拒否(朝鮮学校の修学旅行生らの下船のみ許可)をはじめ9項目の単独制裁措置が発表された。電光石火の早業だった。

 国連安保理での北朝鮮「制裁」決議案も2日後の7日(現地時間)には日米共同草案として提出された。「(経済制裁・武力制裁を容認する)国連憲章第7章下で行動する」という文言の入った強硬な内容の決議案で、安保理構成国8カ国が共同提案国に加わったが、中ロ両国はあくまでも「制裁」に反対。常任理事国である両国(少なくとも中国)の拒否権で否決されるのは必至の情勢だった。滑稽だったのは、安倍・麻生氏が「制裁は最後まで譲れない一線だ。中国は北京オリンピックを控え、ロシアはサンクトペテルブルクのG8(主要先進国会議)を間近に控えて拒否権行使はできない筈だ」などと能天気な見通しを述べていたことだ。とんでもない。拒否権行使は大国にとって日常茶飯事で、その直後にも米国はイスラエルのレバノン空爆即時停止を呼びかけた決議案に堂々と拒否権を行使している。

 結局、「武大偉外務次官が訪朝し、6者協議への復帰を説得中なので、その結果を見守ろう」という中国の提案で15日まで表決を持ち越したが、同次官の説得工作は不調に終わり、中ロ両国は「制裁」条項削除を条件に決議案に賛意を表明、全会一致でミサイル発射非難決議案が採択された。

負け惜しみ、我田引水の日本政府解釈
 官邸も外務省も自画自賛一色、日本の毅然たる対応が強い調子の決議案採択につながったと強調した。つまり「制裁」を明記してはいないものの、ミサイル発射を非難するとともに発射凍結を要求、さらに国連全加盟国に対し、北朝鮮にミサイル関連物資を提供しないこと、北朝鮮からそれらを調達しないこと」などを要請している点で事実上「制裁」に匹敵する。この「要請」には拘束力がある、というのだ。

 国連職員10年の経験から申し上げよう。安保理決議の不履行、違反は日常茶飯事だ。一例として、1967年採択の安保理決議242は「アラブ占領地からのイスラエル軍撤退」を要求しているが、過去33年間履行されていない。安保理決議は憲章上、全国連加盟国を拘束するが、個々の決議の履行状況にまで踏み込んで監視・追跡しているわけではない。必要なら同趣旨の決議案を再採択するだけだ。

 当初、単なる警告の「議長声明」発表でお茶を濁そうとしていた中国が最終的に「非難・要請決議案」賛成に回らざるを得なかったのは日本の「制裁」要求が各国の支持を取りつけていたからだというのだが、事実に反する。中国が同決議案に賛成したのは武大偉次官の説得が不首尾に終わったための「不快感」の表明だったのだ。

 結局、最後に米国が中国に歩み寄り、「制裁」削除に同意、逆に日本説得にまわった。日本は米国にハシゴを外されて腰砕けになったのだ。決め手になったのは、表決直前のハドリー大統領補佐官から安倍官房長官にかかってきた電話だった。「制裁を外せば全会一致になる。これは日本外交の大勝利だ」と安倍氏を持ち上げた。とんでもない。最後まで「譲れない一線」として「制裁」(憲章第7章への言及)にこだわったのは誰だったというのか。

 イラン核開発阻止のために中ロと足並みを揃える必要のある米国が妥協したのだ。とくに中国との対立は極力避けたいという配慮がはたらいた。ブッシュ政権にとって日米よりも米中関係の方が重要なのだ。

ミサイル発射実験は国際法違反に非ず
 そもそもミサイル発射実験は国連憲章上の「制裁」の対象にはなり得ない。国連憲章が明記している「制裁」の条件は「国際の平和と安全に対する脅威、破壊、侵略」である。事前通告をして船舶と航空機の航行の安全に配慮しているかぎり、ミサイル発射に国際法上の違法性はない。

 現在、世界の47カ国がミサイル開発・保有をしており、年間平均100回以上のミサイル発射実験が行われている。事実、北朝鮮のミサイル発射直前にはロシアが、直後にはインドが発射しているが、何のおとがめもない。

 今回の北朝鮮はきわめて高い精度でロシア沿岸州沖の「指定海域」(北は立入禁止海域は事前に指定し、無線通告を行っている)に落下、着水させており、「制裁、制裁」とわめき散らす日本の反響を十分配慮した上で日本列島から極力離れた地点を選んでいる。過去61年の国連史上、ミサイル発射実験が安保理決議で「制裁」の対象となった例はない。

 その意味で日本の過剰反応は国連史上の語り草になるほどの異常事態だったのだ。米紙ニューヨークタイムズも「発射は直接の脅威とはならず、制裁に正当性はない」と評し、英紙タイムズも「世界中の軍隊がやっていることに、なぜこれほど激昂するのか」と疑問を呈した。

 拉致問題の徹底究明を叫び、北朝鮮憎しの国民感情を背景に、安倍氏・麻生氏が日本単独制裁の余勢を駆って国連安保理決議による「制裁」に持ち込もうとしたのはまさに暴挙だったのだが、官邸と外務省の我田引水の解釈と説明を金科玉条にして記事にした記者、テレビ番組で解説したコメンテーターはすべてジャーナリスト失格である。

 日本の北朝鮮報道は戦時中の大政翼賛会的現象を呈している。北朝鮮の立場や主張を少しでも理解し、紹介しようとするだけで、「非国民」「売国奴」「反日的日本人」の烙印を押され、右翼分子の嫌がらせにさらされ、メディアで発言する機会を奪われのを覚悟しなければならない。日本国民は北朝鮮問題では思考停止に陥り、言論の自由をみずから放棄している。

ブッシュ政権在任中の米朝関係正常化は見込み薄
 ミサイル発射後、筆者は数少ない機会として、「ニュースの深層」というCSテレビ局(朝日ニュースター)の番組に出演したが、タイトルが「北朝鮮の次の手は?」だったので異議を唱えた。「アメリカの次の手は?」であるべきだ。米国が金融制裁を発動、北が解除を要求、米がこれを聞き入れないので、北が抗議の意思表示としてミサイル発射に及んだのだ。北の意図がブッシュ政権と直接交渉したいことにあるのは明白だ。

 結論を急ごう。ブッシュ政権は直接交渉には応じない。北京の6者協議の枠内でのみ直接対話をするという方針は変えないだろう。ということは、ブッシュ政権は北の核・ミサイル問題の解決を急いでおらず、金正日体制転換(レジームチェンジ)を視野に入れているということだ。

 中朝関係が冷却化しているという観測が広まっているが、これも信憑性に欠ける。中国は北を経済植民地化し、経済のソフトランディング(軟着陸)に導こうとしている。南北和解融和の政策も変わらない。韓国の対北協力は後戻りできない領域にまで踏み込んでいる。

 さてどうする日本。いつまで拉致問題の徹底究明を国交正常化の「入口」にすえて、「在日」いじめにしかならない単独制裁を続けるつもりなのか。

【『マスコミ市民』2006年9月号】

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