2006年7月17日
北朝鮮非難国連安保理決議採択の舞台裏
7月16日早朝(日本時間)採択された国連安保理決議は、北朝鮮のミサイル発射を非難し、今後の発射凍結、ミサイル関連物資の移転、調達阻止を加盟国に求め、さらに6カ国協議への即時復帰を要請した穏当な内容です。しかし、肝心の「憲章第7章にもとづいて行動する」という制裁条項も、ミサイル発射が「国際平和と安全に対する脅威とする認定」も削除されており、日本が最後までこだわった主張はすべて斥けられました。
これに対して、日本政府、外務省、ニューヨークの国連日本代表部は、口をそろえて、「安保理決議はすべて法的拘束力がある」から、「北朝鮮への要求・要請はすべて加盟国の義務である」とか、「日本が最後まで粘ったから、中ロも議長声明でなく、非難決議案に賛成したのだ」などと記者団に説明、新聞記者たちも7月17日(月)の紙面で、受け売りの記事を書いていますが、とんでもない。日本政府の説明は「負け惜しみ」のこじつけばかりです。
憲章第7章を引用しているか、していないかは大違い。全会一致で採択された決議案は、安保理が常時、採択するごくありふれたもので、「拘束力」はありません。安保理決議はすべて加盟国を拘束しますが、制裁を前提としていない以上、単なる精神的な規定にすぎません。「日本が突っ張ったから、中ロも非難決議案に賛成した」というのも不正確。北朝鮮の態度が強硬で、武大偉・外務次官の平壌滞在中に、軟化・協調のきざしを見せず、6カ国協議復帰の説得に応じなかったので、お灸をすえて、非難決議を通そうと中国自身が軌道修正したのです。
国連外交の実態を知らず、北朝鮮に対する憎悪一筋の国民感情に便乗して人気取りをしようとした安倍晋三・麻生太郎両氏が"暴走"して、日本はとんだ恥さらしをしました。最後は、頼みの米国にまで”はしご”を外され、しぶしぶ非難決議案に賛成する始末。これを「日本外交の勝利」などと強弁するのは恥の上塗りです。外務省のプロの外交官は今回の事態を苦々しく思っていますが、北朝鮮に対する憎悪と憤怒を利用して政権を奪取しようとする日和見政治家には抗しがたかったというのが実態です。
それにしても、国連安保理で日本が率先して決議案を起草して、共同提案国を募って提出したという例は、国連史上、過去にありません。日本は任期2年の非常任理事国として、現在、安保理の議席を占めていたからこそ可能だったのです。その任期も今年一杯で終わりです。北朝鮮非難ばかりでなく、イラン、レバノン、スーダン情勢などでも、存在感を発揮して欲しいものです。
【2006年7月17日掲示/同19日加筆】