テーマ別

プロフィール

吉田 康彦

吉田 康彦

1936年東京生まれ
埼玉県立浦和高校卒
東京大学文学部卒
NHK記者となり、ジュネーヴ支局長、国際局報道部次長などを歴任

1982年国連職員に転じ、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウィーンに10年間勤務

1986−89年
IAEA (国際原子力機関)広報部長

1993−2001年
埼玉大学教授
(国際関係論担当)
2001-2006年
大阪経済法科大学教授
(平和学・現代アジア論担当)

現在、
同大学アジア太平洋研究センター客員教授

核・エネルギー問題情報センター常任理事
(『NERIC NEWS』 編集長)

NPO法人「放射線教育フォーラム」顧問

「21世紀政策構想フォーラム」共同代表
(『ポリシーフォーラム』編集長)

「北朝鮮人道支援の会」代表

「自主・平和・民主のための国民連合・東京」世話人

日朝国交正常化全国連絡会顧問

学歴・職歴

北朝鮮人道支援の会

  • 設立宣言
  • 活動実績
  • 入会申込書
  • 代表・役員
  • ニューズレター

リンク

北朝鮮
TOP > 北朝鮮 > 米朝対話復活で孤立化する日本

2005年5月27日

米朝対話復活で孤立化する日本

復活したニューヨーク・チャネル

 米朝間には北朝鮮の国連代表部を拠点する「ニューヨーク・チャネル」という接触の窓口があり、金正日直属の大物外交官が派遣され、米政府相手に駆け引きをしている。クリントン政権時代、この窓口がフル稼働して危機回避に一役買った。

 米朝直接交渉を拒否するブッシュ政権の基本方針は不変で、今後このチャネルが主役を演じる可能性は低い。結局、6者協議の枠組みの中で米朝会談にも応じ、米国は6者協議を重視、北朝鮮は米朝会談に比重をおいて交渉する図式になろう。現状では相互不信が強いので急展開の望みはうすい。

 北朝鮮は「朝鮮半島の非核化」を掲げつつ、ブッシュ政権から「体制存続の保証」を法的拘束力ある文書で約束させるまで核廃棄には応じない。北朝鮮はしぶとい。その決意の強さを改めて実感したのが今回の訪朝の成果だった。体制崩壊の兆しはない。

 

「核実験は不可欠」と認めた軍縮平和研副所長 

 滞在中、外務省に朴賢在・軍縮平和研究所副所長を訪ねた。折しも核実験間近の情報がワシントンから流されていたので、核保有宣言の根拠をめぐって食い下がった。要点はこうだ。

 「広島原爆はウラン型で、実験を経ていない。北朝鮮が実験せずに核保有宣言をしたということは素材は高濃縮ウランか」と私。「わが国にウラン濃縮計画は一切存在しない」と副所長。「しからばプルトニウムか。それなら爆発実験が不可欠だ。実験しないで保有宣言しても核抑止力には信頼性がない。1947年に実験せずに核保有宣言したソ連を米国は信用しなかった。特にプルトニウム使用の場合、実験なしではブッシュ政権は信用しないだろう」と私。

 朴副所長は沈黙。会見後わざわざ私に同行した朝鮮語通訳に電話をかけてきて、「確かに実験が不可欠だ。(実験するかどうかは)いずれわかるだろうと伝えてくれ」と伝言してきた。

 真面目な副所長は担当の原子力総局の専門家に技術的説明を求め、正確を期して私の疑問に答えたようだ。北朝鮮政府高官が「実験が不可欠」と公言したのは初めてで、これが帰国後、日本のテレビで実験実施を裏づける発言として報道され、私にはワシントンとソウルから問合せの電話が殺到した。しかし、これはあくまでも理論的に実験の必要を認めたに過ぎず実験を予告したわけではなく、真意は「(実験せずに済む事態も含めて)いずれわかるだろう」と語った点にある。テレビは片言双句を都合よくつまんで報道するので誤解を助長する。

 日朝関係が膠着状態になった途端に、核保有宣言、使用済み燃料再処理宣言などを矢継ぎ早に打ち出し、対米瀬戸際外交が際立つが、究極的には実験も辞さずの決意を秘めての核保有であることを印象づけようと朴氏も必死だった。体制存続、韓国と対等の立場に立つ平和統一を視野に入れた長期戦略であることをしきりに強調していた。

 これは偶然ではなく、単なるものの弾みでもない。日朝国交正常化を諦めて瀬戸際外交の矛先を再び米国に転じたという意味合いがある。

日本批判に凝り固まる北朝鮮の幹部たち

 今回は私にとって3年ぶり、7回目の訪朝。平壌の中心を流れる大同江の中洲に屹立する羊角島国際ホテルに投宿。中国、タイ、マレーシアなどのアジア諸国、さらにドイツ、北欧、カナダなどからの観光客とビジネス客で賑わい、連日ほぼ満室だった。

 6月15日の南北首脳会談5周年には韓国から615人の議員団らを迎えて平壌で「民族統一大祝典」が開催される。8月15日の祖国解放60周年には市民・学生5万人のマスゲーム主体の「第2回アリラン祭」をスタートさせ、外貨獲得を目論んでいる。3年前の第1回は海外からの観光客誘致に成功、3カ月間に推定5億ドルを稼いだ。柳の下のドジョウ狙いは明らかで、そんな中で核実験などしたら元も子もなくなるのは目に見えている。

 到着した夜は黄虎男・対文協日本局長が非公式歓迎宴を催してくれた。2度の日朝首脳会談で金正日総書記の通訳をつとめた若手エリート。日頃は折り目正しい紳士だが、安部晋三・自民党幹事長代理に「工作員」呼ばわりされて、植民地時代の朝鮮人労働者の遺骨引渡し追悼行事参加目的の訪日を拒否されたのには怒り心頭にきたようで、「日本は北朝鮮の脅威を軍事大国化の口実に利用している」「竹島領有権主張は日本の朝鮮半島再侵略の野望の表れ」と舌鋒鋭く日本を批判。

 翌日は洪善玉・対文協副委員長主催の公式晩餐会。温厚な洪女史も滔滔と日本非難を繰り広げる。最近は国会議員の訪朝も途絶えて日朝間の接触が殆んどなく、鬱憤を晴らす相手を待望していた気配。「日本の右傾化を憂慮する」と真顔で言う。「拉致問題が日本のナショナリズムに火をつけた」と説明しても通じない。「それなら840万の朝鮮人強制連行はどうなのだ」と切り返してくる。

 宋日昊・外務省日本担当副局長とも懇談。同行の前田康博教授ともども旧知の仲。故金容淳書記の腹心で、野中広務、山崎拓氏ら政治家とのパイプも太い。野心家で鼻息の荒い党の若手官僚だったが、今回ばかりは外務省への恨み、つらみと愚痴ばかり。

 昨年11月の日朝実務者協議で、薮中三十二団長は北朝鮮側の誠意と協力に感謝、「これで拉致問題の90%は解決し、国交正常化に進める」と喜び、硬い握手を交わして帰路に就いたにもかかわらず、「北朝鮮はウソにウソを重ねている」と安倍晋三氏が発言するや態度を豹変させ、ダンマリを決め込んだのは許せないという。

 横田めぐみさんの遺骨も、元夫のキム・チョルジュ氏が保存していることを知り、マスコミに公表せず両親に届けることを条件に渡したものの、これをDNA鑑定に持ち込み、しかも帝京大学の吉井講師が「骨片から別人のDNAを検出した」というだけで、日本政府が「ニセ遺骨」と断定したのは日朝正常化を妨害する国内勢力の陰謀と憤慨する。確かに鑑定は権威ある第三者に委ねるべきだった。

 「5人の生存者の一時帰国問題で田中均氏に騙され、今度は薮中氏に裏切られた。外務省は全く信用できない」と宋氏の怒りは収まらない。「これ以上新事実は出てこない。日朝関係は最悪だ。経済制裁は宣戦布告に等しい」と切り捨てながらも、「平壌共同宣言は死文化したとは思わない」と、小泉首相の任期中の正常化実現に一縷の望みを託しているホンネも打ち明ける。宋氏にとってもジレンマなのだ。

復旧進む竜川列車事故被災地 

 一連の懇談のあと中朝国境に近い竜川事故被災地を訪ね、日本から持参した抗生剤中心の医薬品を届ける。平壌=新義州間の南北縦断の幹線道路の3分の2が未舗装の悪路で、2台に分乗したブルーバードが途中2回もパンクした。

 貨車に積まれた硝酸アンモニウムが爆発事故を起こした地点は完全に埋め立てられて跡形もなく、新築のアパートが建ち並んでいる。全壊した小学校も新装なって子どもたちが元気に遊んでいる。事故の爪あとはもう残っていない。スイスのNGO「ADRA」が病院を一棟寄贈、建設中。

 隣の国境の街・新義州の経済特区は挫折したが、中国人が溢れている。平壌も同様で、消費財は圧倒的に中国産が多い。実質的に中国経済圏に入っており、たとえ国連安保理で制裁決議案が採択されても中国が同調する可能性はないと確信した。中朝貿易は伸長著しく、今年は15億ドルに達する見込み。他方、日朝貿易はジリ貧、2億ドルを割り込み、日本の単独経済制裁の影響はほとんどない。

 どこでもドルと日本円が通用するが、価格表示はすべて「ユーロ」。市内のガソリン・スタンドには10リットル=4ユーロと書いてある。日本円換算でリッターあたり56円だから日本の半額だが、北朝鮮の物価水準からすると途方もなく高い。

 平壌の「統一通り」には公設の自由市場があり、1500店舗がひしめき、活況を呈している。近郊から農民が野菜・果物を売りに来る。トマト1キロ=3000ウォン、リンゴ1キロ=1800ウォン。衣類、クツ、電気製品などすべて中国製。背広上下が5万ウォン、クツ一足が1万ウォン前後。労働者の最低賃金が2000ウォン、かなり高値だが、みな共働きで家賃はタダ同然、最低限の配給もあるから、苦しいながら何とか暮らしていけるようだ。

 滞在の最終日、WFP(世界食糧計画)平壌事務所を訪ね、デ・コック副代表から食糧事情を聞く。最悪の時期は脱したものの、穀物の絶対量は毎年50万トン前後不足、子どもと妊婦の栄養不良が地方で特に深刻、平壌など都市の貧富の差も拡大しているという。余裕のある隣国の日本がなぜもっと人道支援に本腰を入れないのかと疑問を呈していた。

【『週刊金曜日』2005年5月27日号】

新刊案内

最新刊
北朝鮮を見る、聞く、歩く

北朝鮮を見る、聞く、歩く
(平凡社新書500)
【定価800円+税】

「北朝鮮」再考のための60章

「北朝鮮」再考のための60章
(明石書店)
【定価2000円+税】

「北朝鮮核実験」に続くもの

「北朝鮮核実験」に続くもの
(第三書館)
【定価1200円+税】

国連改革

国連改革
(集英社新書)
【定価700円+税】

21世紀の平和学

編著 『21世紀の平和学
(明石書店)
【定価2400円+税】

現代アジア最新事情

編著 『現代アジア最新事情
(大阪経済法科大学出版部)
【定価2600円+税】

国連安保理と日本

訳著 『国連安保理と日本
(岩波書店)
【定価3000円+税】

動き出した朝鮮半島

共著 『動き出した朝鮮半島
(日本評論社)
【定価2200円+税】