2012年3月17日
「限定的“脱原発”のすすめーー核燃料サイクル確立は断念すべし
東日本大震災後のわが国の新しいエネルギー政策「基本計画」は今年夏までに策定される段取りになっているが、世論の一部に根強い即時・全面的脱原発は現実的選択肢ではないし、実際問題として不可能だ。即時「脱原発」といっても、廃炉の手続き、履行だけでも最低30年かかるというのが専門家の知見であり、放射能が充満している原子炉を圧力容器の中に放置するわけにはいかない。
将来のエネルギー政策の基礎を太陽光・風力などの再生可能エネルギー源に求めるにせよ、現実的選択肢として、筆者は国際公約としての原子炉建設と輸出に重点をおく“限定的原子力開発ならびに振興”を提唱したい。
まず故障つづきで成功の見込みがなく、すでに総額3兆円以上の国費を空費している青森県六ヶ所村の再処理事業(使用済み燃料からプルトニウムを抽出する計画)ならびに福井県敦賀のFBR(高速増殖炉)「もんじゅ」の本格的運転からなる「核燃料サイクル」の完成は断念すべきだ。フランスはじめ世界でも成功している国は皆無だ。
FBRは、使用済み燃料を再処理して取り出されるプルトニウムを燃料として再利用する計画で、一時は“夢の原子炉”としてもてはやされたが、冷却材として不安定なナトリウムを使用することから技術的障害が多く、この方式を開発した元祖の国フランスも計画を断念、夢は頓挫してしまった。“もんじゅ”も1995年12月にナトリウム漏れの火災事故を起こして以来、過去17年停止状態のままだ。神は聖域に踏み込もうとする人類の傲慢を許さないのかもしれない。使用済み燃料は、米国同様、直接処分として地中深く埋葬する他ないだろう。
他方、原子力発電に対する需要は震災後もアジア・中東の新興国中心に活発で、原子炉導入の政策に変更はなく、福島の影響による“脱原発”の動きは見られない。米国、イギリス、ロシア、フランス、韓国などは原発推進の既定路線を継続する方針だし、東電福島第一原発事故直後に脱原発を決めたドイツ、イタリア、スイスに追従する国はなく、逆にスイスは原子炉の研究・開発を再開する方針に最近方針転換した。一時のパニックが過ぎ去って危機感がうすれ、冷静な判断と打算が戻ってきたしたようだ。
もともと日本の原子力発電は高レベル放射性廃棄物の最終処分地がなく、「トイレなきマンション」と原発反対派から批判されてきたが、「トイレ」つまり使用済み燃料の処分地が決まっていないのは日本だけでなく、米英などに主要推進国も同様で、フランスもごく最近、東部の山間僻地に選定したばかりで、高レベル廃棄物の最終処分地は建設されていない。実際に「トイレのない国」は日本以外にも少なくない。
新興国では、中国、インドが今後両国だけで累計100基の大規模新規建設を予定。この両国に次いで旺盛な需要を抱えているのがヴェトナムで、同国は2030年までにl4基導入の方針を決定。日本とロシアからすでに各2基の導入を内定している。トルコとヨルダンも日本からの原子炉導入に関心を示し、現在交渉中。現地の関係者の間では福島における東電の事故処理作業に対する評価は高く、予定通り昨年末までに圧力容器内の「冷温状態」を実現した技術力に対する国際的信頼は揺らいではいない。出力100万キロワット級の原子炉が4基並んでいる福島第一原発で収束に失敗していたら、チェルノブイリをはるかに上回る“地球汚染”が全世界に広がっていただろう。
ヴェトナム以外では、2009年に韓国から4基を受注して日本の原子力関係者に衝撃を与えたUAR(アラブ首長国連邦)が合計14基の新規導入を計画している。さらにチュニジアと南アも原子炉導入を検討していると伝えられる。原発は、“福島ショック”で一時的に退潮を示したが、決して終焉の運命をたどっているわけではなく、全世界が“脱原発”に向かっているわけではない。
なにしろ、原子力は風力・太陽光となどの再生可能エネルギーとは比較にならない大規模・大量発電と安定供給が可能で、化石燃料のようにCO2(二酸化炭素)を排出しない原子力のクリーン度は他のエネルギー源の追随を許さないものがある。
唯一、最大のアキレス腱は放射能の処理が困難で、ひとたび放射能漏れ事故を起こすと汚染の規模と寿命は測りしれないものとなり、取りかえしがつかない規模となることだ。東電福島第一原発も収束の方向に向かっているものの、周辺地域の汚染は今後、数十年、数百年はつづき、避難した住民の復帰は不可能だろう。
現存する原子炉54基のうち、定期点検のため順次停止し、現在稼働しているのは2基だけだが、このままだと4月には全基停止してしまう。早晩、再稼働は避けられない。安全性さえ国際基準をクリアしていれば放置しておくことこそ浪費だ。国民も現実的選択をすべきだ。